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盆踊りブームの再来

北海道の盆踊りの系譜

内地から北海道に持ち込まれたすべての文化が最初はそうであったように,盆踊りもそれが北海道の風土にあっているかどうかはともかくとして,当初は郷里のものをそのまま模倣したものだった。それらが今なお忠実に伝承されている例もわずかに見られるが,多くは入植からさほど時間を経ずして諸国の盆踊りが混合されて本来の形を変えていったと思われ,それらは「混線盆踊り」と呼ばれた。昭和に入ると,都市部では郷土色の薄れた「北海よされ節」が登場し,並行して出所不明の「ベッチョ・チャンコ節」が唄われていたという。

盆踊りは大正時代から太平洋戦争の初期にかけて隆盛を極めるが,戦局が悪化すると中止を余儀なくされた。戦後の盆踊りは慰霊や復興をテーマに掲げて早いところでは終戦の翌年に復活し,戦前以上に盛んに踊られるようになった。そんな中で,今井篁山が幾春別炭坑の盆踊りをヒントに世に出した「北海盆唄」は,昭和21年豊平川河畔の盆踊りで初めて踊られて以来徐々に浸透し,同34年には三橋美智也がレコードに吹き込んで全国を席巻するに至った。一方,子供たちにふさわしい盆踊り唄をという教育関係者の尽力により昭和27年には北海道独自の「子供盆おどり唄」が制作された。

幌内盆踊り(昭和10年)

盆踊りの北海道スタンダード

北海道では,広場の中央に櫓を組んで,その上で太鼓を叩き,櫓の回りに踊り手が二重三重にと輪を描いて踊る盆踊りが一般的で,これ自体は全国的によく見られるスタイルである。

北海道における盆踊りの最大の特徴は,表1に示すように子供盆踊りと大人盆踊りの2部構成をとっていることである。時間はおおむね18時から21時までで,前半を子供が,後半を大人がそれぞれ1時間〜1時間半程度踊る。ただし,町内会レベルの小規模な盆踊りでは子供盆踊りのみ実施することもある。子供たちはたいてい保護者と一緒に参加するが,子供盆踊りが終わった後,お土産をもらって家に帰り,大人盆踊りには参加しないのが通例である。このように子供と大人に区分して盆踊りを行う地域は,北海道以外にあまりないようである。

いまひとつの特徴は,子供盆踊りでは子供盆おどり唄,大人盆踊りでは北海盆唄という,それぞれ1曲のみで踊られることである。道外ではこれといった盆踊り歌がない地域も多く,炭坑節や東京音頭など郷土色の薄い民謡,子供向けにはオバQ音頭やドラえもん音頭が数曲交互にかけられるところが多いようである。

表1 標準的な北海道の盆踊り
区分 時間帯 曲目
子供盆踊り 18:00頃〜19:30頃 子供盆おどり唄
大人盆踊り 19:30頃〜21:00頃 北海盆唄

このように,北海道の盆踊りは子供盆踊り(子供盆おどり唄)+大人盆踊り(北海盆唄)という2部構成とっており,ほとんどの地域でまったく同じパターンの盆踊りが開催されているのが特徴で,これほど広範囲にわたって盆踊りのスタイルが統一されている地域は,北海道以外にないと思われる。

ただし,北海道の盆踊りの大半が上記の構成をとっているものの,例外として,郷里の盆踊りを伝承している地域や,土地の音頭をとりいれている地域もある。表2にそれら地域色のある盆踊りの例を示す。特に道南一帯の盆踊りは,道南以外の北海道のそれとまったく異なるもので,道南の出身者には子供盆おどり唄を知らぬ人が多いようである。

表2 地域色のある盆踊りの例
道南 子供盆踊りは行わない。大人子供混合で「炭坑節」「北海盆唄」「いか踊り」など数曲を踊る。
札幌市・江別市の一部 大人盆踊りでは「北海盆唄」と「北海よされ節」が交互に唄われる(踊りは同じ)。
小樽市高島地区 郷里の「越後盆踊り」を継承している。
千歳市民盆踊り 子供盆踊りは行わない。大人子供混合で「千歳音頭」「北海盆唄」を踊る。
旭川市米原地区 「子供盆おどり唄」「北海盆唄」に加えて郷里の「福島踊り」を踊る。

戦後の盆踊りブーム

前述のように,戦後の復興とともに盆踊りは隆盛を極め,「子供盆おどり唄」+「北海盆唄」という盆踊りの北海道スタンダードが確立した。これが戦後最初の盆踊りブームで,おりしも団塊の世代の子供時代に重なっている。

しかし,盆踊りが盛んになるにつれて盆踊りがらみの殺傷事件がたびたび発生するようになり,昭和30年代半ばには一時消極的になった。昭和40年頃より盆踊りの浄化が叫ばれ,昭和50年代に入ると,都市部で町内会単位の盆踊りが次々に登場,札幌だけで300か所に櫓が立ち,毎晩20万人の市民が踊りを楽しんでいたという。この2度目のブームは団塊ジュニアの子供時代に重なっている。

健全な盆踊りを伝える新聞記事
(昭和37年8月,北海道新聞)

ヨサコイの終焉,そして盆踊りブームの再来

ところが,昭和の終わりに差し掛かって,バブル景気の時代を迎えると,商工会や企業が毎年大々的に開催していた盆踊り大会が次々に姿を消していった。ちなみに,かつては多くの市町村で実施されていた,郷土の民謡にのって市中を練り歩く流し踊りのパレードも,多くがこの時期に廃止または縮小されている。浴衣や着物で優雅に踊るというようなことが何となく敬遠される雰囲気がこの時代にはあった。

そんな中で登場した,まったく新しい踊りのイベントがYOSAKOIソーラン祭りである。YOSAKOIソーラン祭りは高知のよさこい祭りを模倣して,平成4年に札幌市で開催され,以後爆発的な人気を呼んで道内ほとんどの市町村でヨサコイのチームが結成されるに至った。

しかし,激しい騒音や美的感覚の欠落した衣装や山車,特定の人しか踊りに参加できない閉鎖性に嫌悪感を持つ住民も多く,やっぱり盆踊りが良いという声が多く聞かれるにようになり,21世紀に入る頃から各地で盆踊りの復活が相次いでいる。商工会や観光協会が既に体力を失っている場合には,住民自ら奮起し,手作りの盆踊りを次々に立ち上げている。

こうした動きに呼応するようにして,北海盆唄発祥の地とされる三笠市では,700万円を投じて高さ10.5メートルの三層やぐらを復活させ,平成14年に「第1回三笠北海盆おどり」を開催した。子供盆おどり唄については平成13年頃からそのルーツを探る動きが見られ,平成14年には作詞者坪松一郎の出身地江別に歌碑を建立,原曲のカセットテープがキングレコードから復刻発売された。これらのことが新聞やテレビで広く紹介されることによって,盆踊り熱はますます高まり,年々参加者が増えて主催者が嬉しい悲鳴を上げるほどの盛り上がりを見せている。

平成13年に復活した三層櫓(三笠市) 「復活北海盆踊り」(岩内町) 「復活まちの大盆踊り」(岩見沢市) 平成19年に初めて開催された「京の北海盆おどり」(芦別市)

北海道の盆踊りの未来

このように現在北海道では戦後3度目の盆踊りブームを迎えているわけだが,ブームの背景には次の3つの事情があると考えられる。

第一は前述のとおり,YOSAKOIソーラン祭りへの反省から来るもので,ヨサコイの派手さに目がくらんで,盆踊りなどの従来のイベントを廃止してしまった結果,子供からお年寄りまで皆が参加できるレクリエーションがなくなり,その空しさに気づいた住民達が自分たちの手で盆踊りを復活させているのである。

第二には,団塊の世代,団塊ジュニアと,いずれも盆踊りブームを経験してきた世代が,孫や子を持つ時期に差し掛かっており,孫や子の手を引いて懐かしい盆踊りに参加するケースが増えているということがある。

第三には,盆踊りが基本的にはお金のかからないイベントだということである。夏の夜の楽しみといえば盆踊りと花火大会だが,花火というのは多額のお金を一瞬にして無にしてしまうもので,バブルの頃の惰性で無理をして続けてきた中小規模の花火大会は,近年縮小や廃止が相次いでいる。そういう中で,主催者側の立場からも最小限の費用で最大のレクリエーションの効用を生み出すイベントとして盆踊りが見直されてきているわけである。

それでは,今回の盆踊りブームもまたブームに終わってしまうのかといえば,そういうことにはならないと思う。考えてみれば,これまで盆踊りが下火になった時期は高度経済成長期とバブルの時代に一致している。前だけ向いて走っていればいい時代には,盆踊りなど必要なかったのである。ところがひとたび時代に影が差し込んでくれば,盆踊りは庶民の生活になくてはならないものになる。

これからの時代を考えたとき,前だけ見てればいい時代が再び北海道に訪れるとは思われず,人間は限られた空間の中で,人間としての尊厳を守りつつ,生を全うするしかないのである。そういう時代にあっては盆踊りはますます我々の生活に欠くことのできないものとなり,北海道に人が住み続ける限り,盆踊りは未来永劫盛んに踊られ続けると思うのである。