北海盆唄の歌唱型分類

3つの系統

民謡とは,音と音の間の微妙な抑揚の中に唄い手の人生そのものが表現されるものであり,西洋式の五線譜ではとうてい表現できない豊かな表情を持っている。出だしの「ハァー」にしても千差万別で,凄味のある唄い手が唄えば「ハァー」の一声で男が突然泣き出したり,女性が妊娠しそうになったりすることもあるというのである。

しかしながら,唄い手による差異をふるいにかけて総体的に見た場合,北海盆唄には大きく分けて3つの系統が見出され,それらを『いいたかふんじゃん−北海盆唄考』(吉田源鵬著,1993)ではI型,II型,III型として分類している。

I型

中田篁聲の「北海炭坑節」に代表される唄い方で,次の特徴を持つ。

II型

三橋美智也に代表される唄い方で,次の特徴を持つ。

III型

I型とII型の折衷型である。

表1 I型とII型の唄の比較表
相違箇所 I型 (中田篁聲) II型 (三橋美智也)
ハーの出し 4拍または3拍 3拍
ハーの語尾 こぶしを入れ下げどめ 真っ直ぐに伸ばし上げどめ
はやしことば 1 アー ドシター ドシター ハー ドウーシタ ドシタ
2 アー ソレカラ ドシター アー ソレカラ ドシター
3 アー ヤー レット なし(間をとらない)
唄の前 ア エンヤー コーラヤット
ドッコイドッコイドッコイナット
なし
唄の後 同上 ハー エンヤーコーラヤー
ドッコイジャンジャンコーラヤー
アレサナー
ソレサナー
アレサナー
(低く出し徐々に高くする)
ソレサナー
(高く真っ直ぐ出す)

現在,I型で唄われているのは札幌周辺の一部地域のみである。II型は,三橋美智也がレコーディングした際に,作曲家の山口俊郎が「ハー」と「ソレサナー」の部分を誰もが簡単に唄えるように編曲したもので,以後東京で吹き込まれたレコードの多くがこの型を採用している。また,囃子詞の「ジャンジャン」については,もともと幾春別のベッチョ踊りが「ジャンジャン」であったが,今井篁山が複合的な卑猥感情を考慮して「ドッコイドッコイ」に改善したものとされている。このII型は唄を中心に聴かせるもので,太鼓や踊りは合わせにくく,生演奏の盆踊りで純然たるII型を採用するものは皆無である。

道内のほとんどの盆踊りでは,I型とII型の折衷タイプであるIII型で唄われている。I型との大きな違いは「ハー」が3拍であることと,「アレサナー」を高く真っ直ぐ出すことである。「ハー」は4拍伸ばすと曲全体が奇数拍となり,1コーラスごとに踊りの左と右がずれていくことになる。また,「アレサナー」の出だしは,I型とII・III型で1オクターブの違いがある。「北海盆唄」は「アレサナー」を除いた部分で1オクターブの音域を持つが,I型ではさらに低い方に2度(ex.ミ→ド)音域が広がることから,II・III型のほうが唄いやすい。つまり,より古い唄い方がI型であり,それを唄いやすさ,踊りやすさの観点から改良したのがIII型だと言うことができる。

各系統の使用実態

平成17年から平成19年にかけて,実際に各地の盆踊りを訪れて「北海盆唄」の歌唱型を確認した結果を表2,表3に示す。

表2は生演奏の盆踊りの事例であるが,I型は札幌市と江別市でのみ確認され,その他の地域ではすべてIII型で唄われていた。

表3には盆踊りで使用されている歌唱テープ,その他市販されているテープ,CDの型別分類を示す。この中でI型のものは演奏がいずれも札幌大通の盆踊りと似ており,札幌の民謡関係者が盆踊り用にテープに吹き込んだものと思われる。奥泉勇篁は札幌大通の囃子舞台にも立っているが,テープはコロムビアから全国発売されており,『北海盆唄考』でもI型の典型例として取り上げられている。

II型のテープは有名歌手が唄っているものが多く,全国的にはもっともなじみのある唄い方だと思われるが,実際の盆踊りでの使用事例は少ない。市販されている「北海盆唄」のテープ,CDの多くは三橋美智也歌唱のものであるが,使用していたのは富良野麓郷の1箇所のみであった。III型のテープは使用事例が最も多く,特にレコード店でテープを入手しやすい佐々木基晴歌唱のものが3箇所で使用されていた。

表2 生演奏の盆踊り事例
使用箇所(市町村名のみのものは当該市町村の筆頭盆踊りを指す,以下同じ)
I型 札幌白石ふれあい(平成18年確認),札幌大通,江別市民,江別野幌(以上平成19年確認)
III型 三笠(平成17年確認),岩見沢栗沢,芦別,富良野山部(以上平成18年確認),千歳,むかわ地蔵,歌志内神威,赤平,上砂川,旭川米原,上川ふる里,鹿追(以上平成19年確認)

 

表3 歌唱テープの使用事例

(テープxは唄い手不明)
使用箇所
I型 奥泉勇篁 岩内(H19)
テープ1 札幌ひばりが丘(H19),札幌第二桜台(H19),雨竜暑寒(H19)
テープ2 岩内(H19)
テープ3 赤平茂尻(H19),岩内(H19)
II型 三橋美智也 富良野麓郷(H19)
三波春夫 -
水前寺清子 室蘭港まつり(H18)
金沢明子 -
斉藤京子 -
大塚文雄 -
江村貞一 岩内(H19)
テープ4 岩内(H19)
テープ5 札幌大谷地団地(H19)
ザ・ドリフターズ -
III型 佃光堂 富良野本通(H18)
浜より子 -
テープ6 なよろのおどり(H18)
佐々木基晴 北広島達磨寺(H18),函館渡辺病院(H19),旭川博物館通(H19)
金田たつえ 岩内(H19)
テープ7 北広島ふるさと(H18)
テープ8 朝里(H19)

部位別分析

次に,「北海盆唄」の1コーラスを16の部位に分けて,それぞれの唄われ方の実態を分析してみる。(一覧表PDFファイル)

1 2 3 4 5 6
ハー 北海名物 ハー ドシタードシタ 数々あれどヨー ハーソレカラドシタ

 

7 8 9 10 11
おらがナーおらが国さの コーリャ ハーヤーレット アレサナー 盆踊りヨー

 

12 13 14 15 16
エンヤーコーラ ヤット ドッコイドッコイドッコイナット 間奏

1 「ハー」

「ハー」で唄い出すのは古くからある民謡の型の一つだが,「ハァ小唄」の小唄勝太郎が吹き込んだ「東京音頭」が爆発的に流行し,以後,各地の音頭,小唄類で多く採用されるようになった。「北海盆唄」の「ハー」を大まかに区分すると表4のような分類が可能であり,I型とII型,III型で違いが顕著に現れる。非常に単純化した音で表現すれば,I型が「ミーレミレド」,II・III型が「ミーレ」になる。4拍伸ばすことはI型の必要条件ではないが,I型が採用されている札幌や江別の盆踊りでは4拍に統一されている。なお,北海盆唄全国大会では2006年まで4拍伸ばすこととされていたが,2007年より3拍伸ばして上げどめとすることに変更された。

表4 「ハー」の分類
ハー 3拍伸ばす こぶしを入れる 上げどめ
ハァ まっすぐ
4拍伸ばす こぶしなを入れない
アー 下げどめ

2 「北海名物」

「ホッカイ」と「ホカイ」,「メイブツ」と「メエブツ」の違いがあるものの,基本的にはすべて同じ唄い方をしている。特筆すべき事例として,上砂川の盆踊りで「メイ」の部分を高くする唄い手がいたが,これは個人の癖とみてよさそうである。

3 「ハー」

出だしの「ハー」と同様,「ハー」「アー」「ハァー」の違いがあるが,その違いは明確に聞き取れないことが多い。

4 「ドシタードシタ」

I型とII型で明瞭な違いが見られる部分で,I型は「ドシタードシタ」,II型は「ドーシタドシタ」となる。III型はこのどちらかを採用している。

5 「数々あれどヨー」

基本的にはすべて同じ唄い方をしている。鹿追のみ出だしを高く唄っていた。

6 「ハーソレカラドシタ」

「ハーソレカラドシタ」「アーソレカラドシタ」「ハッソレカラドシタ」「コイサッサー」のバリエーションか見られるが,I,II,III型の違いとの相関は低い。

7 「おらがナーおらが国さの」

基本的にはすべて同じ唄い方をしている。なお,この部分の歌詞は中田篁聲の「北海炭坑節」では「おらが北海道の」,伊藤かづ子盤は「一に追分」,三橋美智也盤では「おらが国さの」となっており,前二者の歌詞で唄う事例も少数あるが,多くは三橋美智也盤の「おらが国さの」を採用している。

8 「コーリャ」

「コーラ」と唄うこともあるが,基本的にはすべて「コーリャ」で統一されている。

9 「ハーヤーレット」

生演奏の場合には,I型,III型ともここに何らかの囃子詞が入り,1拍間を置いている。ただし,芦別の盆踊りだけは間を置かずに囃子詞と重なる形で「ソレッサナー」につながっている。逆にここで間を置かないのがII型の最大の特徴といえる。テープの場合はIII型でも間を置かないものがあり,例えば佐々木基晴盤では「チョイサ」が入るものの,間は置いていない。「ア」「ハ」「ハー」「ハァ」+「ヤーレット」「ヤーレッソ」「ヤーレッサ」「ヤーレン」の組み合わせがあるが,「ハーヤーレット」が比較的多い。

10 「アレサナー」

I型とII型の違いを決定づける箇所で,出だしの部分で両者に1オクターブの差がある。III型の場合もほとんどがII型と同様に高く唄い出しているが,それだけ唄う側としてはI型は難しいということである。

発音は「アレッサナー」「ヤレッサナー」「ソレッサナー」と,「ッ」を入れる場合,入れない場合のバリエーションがある。I型には「ヤレサナー」「アレサナー」,III型には「ソレサナー」が多い。なお,北海盆唄全国大会では2007年より「アレサナー」に統一され,「ソレサナー」と唄うと減点されることになった。

11 「盆踊りヨー」

基本的にはすべて同じ唄い方をしている。

12 「ハ」

「ハ」「ア」「ハァ」の違いがある。

13 「エンヤーコーラ」

抑揚に違いがあるものの,基本的には同じである。

14 「ヤット」

「コーラヤット」で切るもの,「コーラヤ」で切るものに大別される。「コーラヤ」で切る場合,次の「ドッコイ…」の前に「ハ」が挿入され,「ヤッハー」とつながる。

15 「ドッコイドッコイドッコイナット」

本来は「ドッコイドッコイドッコイナット」であるが,実際の盆踊りでは最初の「ドッ」が発音されないことが多い。また,2つめ3つめの「ドッ」もノム感じでの発音となり,聞き取れないことがある。テープの場合は最初の「ドッ」もしっかり発音しているものが多い。また,テープではIII型でも「ジャンジャン」のものが多い。

表5 ドッコイドッコイドッコイナットの分類
ドッコイ ドッコイ ドッコイナー
ドッコイ ドッコイナット
コイ ジャンジャン コーラヤ
ジャンジャン コーラヤット        

16 間奏

「ドッコイドッコイドッコイナット」の後は間を置かずに,次の「ハー」に入るのが基本だが,ここで4拍置くと唄と踊りの周期が一致する(「ヤーレット」入りの場合)。そのようにして周期を合わせている事例としては,三笠,富良野山部,上川ふる里,鹿追の各盆踊り,テープでは佃光堂,浜より子歌唱のものがある。また4拍置く場合,追加の囃子詞を三笠,富良野山部では2拍分,鹿追では4拍分入れている。特殊な事例として,旭川米原の盆踊りでは18拍分の間奏を入れており,これは同地区で継承されている福島踊りの影響を受けたものだと思われる。