北海盆唄の歌詞考察

歌唱頻度ベスト20

北海盆唄の歌詞に掲載した歌詞を,歌唱頻度の高い順に20位まで並べたのが下表である(2012年時点,サンプル数88)。ここでは,「いつ来たか」と「いつ来たや」など1字程度の違いは同一の歌詞として集計した。

 

順位 総合 現地歌唱 テープ 歌詞集 由来
1 北海名物 数々あれど おらが国さの 盆踊り 59 36 13 10 1959初出
2 波の花散る 津軽の海を 越えて蝦夷地へ いつ来たか 51 31 13 7 HBC選定
3 五里も六里も 山坂越えて 逢いに来たのに 帰さりよか 47 32 10 5 1960初出
4 唄え踊れよ 叩けよ太鼓 月の世界に 届くまで 30 25 4 1  
4 来たは十七 蕾の頃に 今は二十一 花盛り 30 17 11 2 HBC選定
6 踊り揃うて 輪になる頃は 月も浮かれて 円くなる 29 19 7 3 NHK選定
7 はやし太鼓に 手拍子揃え 櫓囲んで 盆踊り 28 18 7 3 NHK選定
8 主が唄えば 踊りも締まる 櫓太鼓の 音も弾む 22 16 5 1 外来
9 唄に誘われ 太鼓に引かれ 今来たこの道 二度三度 20 15 3 2 NHK選定
10 高い山から 谷底見れば 瓜や茄子の 花盛り 18 18 0 0 外来
11 山で暮せば 侘いもの 水にコブシが 散るばかり 17 11 4 2 HBC選定
12 踊り見に来て 踊りの中で 何時か手を振る 浴衣がけ 15 9 4 2 NHK選定
13 盆が来たのに 踊らぬ者は 木仏金仏 石仏 13 9 2 2 外来
14 ちゃんこ茶屋の婆 お茶出せ茶出せ 煙草盆出せ キセル出せ 12 12 0 0 外来
14 踊り踊る娘が 何故足袋履かぬ 履けば汚れる 褄切らす 12 9 1 2 外来
16 唄え囃せよ 叩けよ太鼓 月の世界に 届くまで 12 8 4 0 1966初出
17 北海名物 数々あれど 一に追分 盆踊り 11 5 5 1 1957初出
18 貴方百まで わしゃ九十九まで 共に白髪の はえるまで 9 9 0 0 外来
18 揃ろた揃ろたよ 踊り子が揃ろた 稲の出穂より よく揃ろた 9 9 0 0 外来
18 色も香もよい 丸くて可愛い 味は十九の 初リンゴ 9 6 2 1 HBC選定
18 花の盛りを 紅鉄漿忘れ 拓くトド山 ガンピ山 9 3 3 3 HBC選定
サンプル数 88 41 32 15

北海盆唄の代表的歌詞

北海盆唄を代表する歌詞は何と言っても,

北海名物 数々あれど おらが国さの 盆踊り

である。特に現地歌唱では,ほぼすべての会場で唄われており,それも出だしに唄われることが多い。盆踊りこそが北海道の名物だという,まさに北海盆唄を象徴するスケールの大きな歌詞である。作詞されたのは比較的新しく,1957年に伊藤かづ子のレコード「北海盆唄(ちゃんこ節)」で

北海名物 数々あれど 一に追分 盆踊り

が世に出た後,1959年に三橋美智也が吹き込む際に,作詞家の高橋掬太郎が「おらが国さの」に改めたものとされている。

2位から同点4位の,

波の花散る 津軽の海を 越えて蝦夷地へ いつ来たか
五里も六里も 山坂越えて 逢いに来たのに 帰さりよか
来たは十七 蕾の頃に 今は二十一 花盛り

はいずれも「来た」が含まれ,北国を連想させるが,これらも北海盆唄オリジナルの歌詞である。「波の花散る」と「来たは十七」は1952年に北海道放送が公募した歌詞である。「五里も六里も」の作詞年は不明だが,1960年の三波春夫のレコードと岩波文庫の「日本民謡集」に登場しており,それ以前から唄われていたものと思われる。

同点4位から9位までは「踊り」「太鼓」「囃子」などの言葉が含まれた盆踊り唄が続く。これら以外の「唄え囃せよ」「踊り踊れよ」などのバリエーションを含めると,グループとしての使用頻度はかなり高いと言える。「唄え踊れよ」は現地歌唱での使用頻度が高く,北海盆唄全国大会でも指定歌詞に選定されているが,テープや歌詞集での登場頻度は極めて少ない。また,「主が唄えば」は相馬盆唄などにも唄われる外来の歌詞である。

唄え踊れよ 叩けよ太鼓 月の世界に 届くまで
踊り揃うて 輪になる頃は 月も浮かれて 円くなる
はやし太鼓に 手拍子揃え 櫓囲んで 盆踊り
主が唄えば 踊りも締まる 櫓太鼓の 音も弾む
唄に誘われ 太鼓に引かれ 今来たこの道 二度三度

以上がだいたいどこの盆踊りでも唄われている,北海盆唄を代表する歌詞といえる。

10位に来て,現地歌唱では多く採用されているが,テープや歌詞集ではまったく採用されていない歌詞が登場する。

高い山から 谷底見れば 瓜や茄子の 花盛り

ほかに,14位,同点18位の

ちゃんこ茶屋の婆 お茶出せ茶出せ 煙草盆出せ キセル出せ
貴方百まで わしゃ九十九まで 共に白髪の はえるまで
揃ろた揃ろたよ 踊り子が揃ろた 稲の出穂より よく揃ろた

も同様,現地歌唱のみで唄われている。これらは北海盆唄オリジナルではなく,全国各地の民謡に見られる歌詞で,古くは江戸時代以前から唄われているものもある。

北海盆唄全国大会における歌詞

毎年三笠市で開催されている北海盆唄全国大会では,各出場者が2コーラス唄う。1番目は「北海名物」に指定されており,2番目はいくつかの候補の中から出場者自身が選んで唄う。下表は,2番目に唄われた歌詞を各回の部門ごとに集計したものである。

これによると,上記のランキングで2位につけていた「波の花散る」よりも,「五里も六里も」のほうが人気が高く,ほとんどの出場者がこのどちらかを唄っていることがわかる。

第15回 第16回 第17回 合計
歌詞/部門 幼年 少年・少女 成年 幼年 少年・少女 熟年・寿年 成年
波の花散る 津軽の海を 越えて蝦夷地へ いつ来たか 7 3* 16 1 6 11* 8 52
五里も六里も 山坂越えて 逢いに来たのに 帰さりよか 7* 7 19* 6* 6 16 21* 82
来たは十七 蕾の頃に 今は二十一 花盛り           2 1 3
唄え踊れよ 叩けよ太鼓 月の世界に 届くまで 2 2 2 2* 1 2 11
お前百まで わしゃ九十九まで 共に白髪の はえるまで             1 1
唄に誘われ 太鼓に引かれ 今来たこの道 二度三度             1 1
踊り見に来て 踊りの中で 何時か手を振る 浴衣がけ     1         1
はやし太鼓に 手拍子揃え 櫓囲んで 盆踊り 1             1
*は各部門の優勝者が唄った歌詞

北海道放送選定歌詞

北海道放送(HBC)は,1953年以来札幌都心部での盆踊り大会を主催してきた放送局である。その北海道放送が1952年に公募により選定した歌詞が次である。いずれも現在まで歌い継がれているが,「来たは十七」と「波の花散る」を除くと,唄われる地域はほぼ札幌近郊に限られる。

波の花散る 津軽の海を 越えて蝦夷地へ いつ来たか
来たは十七 つぼみの頃に 今は二十一 花ざかり
花のさかりを 紅かね忘れ 拓くとど山 雁皮山
山で暮せば わびしいものよ 水にこぶしが 散るばかり
花が過ぎても 時節がくれば 様と世帯の 実が結ぶ
若い日本の あこがれだいて 夢も明るい 北海道
山は大雪 雲間に晴れて 蝦夷の昔を 語るやら
色も香もよい 円くて可愛い 味は十九の 初りんご

日本放送協会選定歌詞

北海道放送とほぼ同時期と思われるが,日本放送協会(NHK)でも,北海盆唄の歌詞を選定している。HBC選定歌詞とは対照的に,唄われている地域は札幌近郊に限らず全道に分布している。ただし,「消すな灯台」と「聞いて下され」は,現在ほとんど唄われることがない。

はやし太鼓に 手拍子揃え やぐらかこんで 盆踊り
踊り見に来て 踊りの中で いつか手を振る ゆかたがけ
唄にさそわれ 太鼓にひかれ 今来たこの道 二度三度
踊り揃うて 輪になる頃は 月も浮かれて 円くなる
消すな灯台 またつく気なら 可愛い夜船の 帰るまで
聞いて下され アメリカさんも 平和日本の 踊り唄

札幌周辺に特徴的な歌詞

札幌市,江別市など,札幌近郊の一部地域では,I型という他の地域と異なる技巧的な歌唱法を採用している。歌詞もやはりこの地方独特で,次のような北海道らしい詩情に富むものが多く唄われている。

阿寒大雪 支笏に洞爺 尽きぬ絵巻の 北の国
色も香もよい 丸くて可愛い 味の十九の 初リンゴ
海が呼ぶ呼ぶ 飛沫が招く 咲いたハマナス 誰を待つ
踊る手先に 夢見る瞳 星は涼しい 北斗星
花の盛りを 紅鉄漿忘れ 拓くトド山 ガンピ山
燃えるハマナス 乙女の胸に 櫓太鼓に 夜が更ける
山は大雪 雲間に晴れて 蝦夷の昔を 偲ばれる

他の民謡からの借用

民謡は定まった作詞者がいるわけではなく,自然発生的に唄われてきたものだけに,全国各地に少しずつ形を変えつつも類似した歌詞が多く見られる。北海盆唄でも例えば次に挙げる歌詞のように,各地の民謡にあるフレーズがそのまま唄われることは多い。

沖のカモメに 潮時聞けば 私や発つ鳥 波に聞け
男心と 茶碗の水は 沸くにゃ早いが さめやすい
風に明かりを 消させておいて 忍び込むのか 窓の月
今年や豊年 穂に穂が咲いて 道の小草に 米がなる
この家座敷は めでたい座敷よ 鶴と亀とが 舞い遊ぶ
信州信濃の 新そばよりも 私ゃあなたの そばがよい
立てば芍薬 座れば牡丹 踊るそなたは 百合の花
盆が来たのに 踊らぬ者は 木仏金仏 石仏
丸い卵は 切りようで四角 ものも言いようで 角が立つ
めでためでたの 若松様よ 枝も栄えて 葉も茂る
わしと貴方は 羽織の紐だ かたく結んで 胸に抱く

ベッチョ踊りの歌詞の生き残り

『いいたかふんじゃん北海盆唄考』には,北海盆唄のルーツとされるベッチョ踊りの歌詞として,チョンコ系62種類,チャンコ系79種類,ベッチョ系77種類が掲載されているが,いずれも卑猥な歌詞で現在はほとんど唄われることがない。

現在も唄われている歌詞の中で,ベッチョ踊りの名残をとどめている歌詞には次のようなものがある。これらは旧産炭地域での使用例が多い。この中で「ちゃんこ茶屋の婆」はチャンコ系の代表的歌詞で,なぜかこの歌詞だけは現在でも頻繁に唄われている。

姉と妹に 紫着せて どれが姉やら 妹やら
娘十七八 やりたい盛り 親もさせたい 針仕事
高い山から 谷底見れば 瓜や茄子の 花盛り
べっちょかわらけ 七日の汚れ 七日過ぎたら またおいで
ちゃんこ茶屋の婆 お茶出せ茶出せ 煙草盆出せ キセル出せ