[富良野・美瑛特集] [知らないと困る富良野の言葉]

番外・知らなくても困らない「上」富良野の言葉

上富良野には町の人しか分からない言葉がたくさんある。私の母は富良野から上富良野に嫁いだが,言葉がわからなくて苦労したという。富良野は外界との交流が多いので,変な地元言葉はないのだという。それに対して上富良野は他地域との交流がそれほどないので,独特の言葉が生まれたのだという。概して,上富良野の人は何でも強引に縮めてしまう傾向がある。

以下には私が気づいた上富良野の地元言葉を書き出してみた。都会の人には信じられないような言葉もあると思うが,実際に使っている人がいることは確かである。もっとも上富良野といっても私はごく狭い範囲しか見ていないので,町内の人からも異論があると思う。その点はあらかじめおことわりしておく。

商店街の言葉

店の略称
セブン セブンイレブンのこと。セブンと略す人とイレブンと略す人がいるが,上富良野ではどちらかというとセブンが主流だと思う。まれにブンブンと略す人がいるが,上富良野では聞いたことがない。町内には上富良野栄町店と上富良野東町店の2店舗ある。
マート セイコーマートのこと。田舎の人はとにかく略し方が強引だ。強引に略しても,他に似たものがないから支障がないのである。それに対して都会の人はそれぞれの単語からちょっとずつ取ったような粋な略し方をする。例えば札幌では澄川フードセンターのことをスミフーと言うそうだ。田舎の人なら単にフーセン,あるいはセンターと略すだろう。セイコーマートも全道的にはセイコマあるいは,セーコマと略すのが一般的である。なお北大生に限ってはセコマと略す。
なお,セイコーマートは北海道ローカルのコンビニ。道内津々浦々に進出し,上富良野でもいちばん早くできたコンビニである。たしか昭和63年の開店。開店当時は,品揃えの豊富さに驚いたが,同時にそれらの商品が売れ残ったらどうするのだろうと心配した。ところがコンビニというのは賞味期限が切れた商品は惜しげもなく捨てるのだ。それまで田舎の店では,商品にカビが生えても腐っても売れるまで店頭に置いておくのが常識だったから,衝撃だった。
ロー 使用頻度はまれである。ドラえもん「のび太と竜の騎士」に登場するバンホーさんの妹の名前,ではない。ローソンのこと。あまりいないが,わずか4文字のローソンまで強引に略してしまう人がいるらしい。町内には上富良野店,上富良野大町店の2店舗ある。
以上,上富良野にはコンビニが5店舗ある。人口1万3千の町にしては多いと思う。
ふじ ふじ上富良野ショッピングセンターのこと。ふじスーパーともいう。日の出山公園の近くにあり,道案内の目印に使われることもあるので,観光客も知っておいたほうがよいだろう。
開店は昭和54年。上富良野におけるアメリカ式のスーパーマーケットは昭和44年の農協もとまち店が最初で,他に渡辺スーパー,東明スーパー,かくはたなどがあったが,いずれも閉店し,現存するスーパーの中では最老舗。
田舎町にスーパーができたときもやはり衝撃的だった。従来型の店では商品というのは店の人に「これ頂戴」と言って取ってもらうか,店の人の目の届く範囲でお客が手に取る方式だったので,誰もいないところでお客が勝手に商品をかごに入れるというのは違和感があったようだ。私の曾祖母も祖父もついにスーパーには一度も行かずに死んでしまった。
まぎらわしい名前の店
さかやさん
(坂弥商店)
さかやさんと言えば普通はお酒屋さんのことを指すが,上富良野では魚屋さんのことを指す。坂弥さんの場合「か」にアクセントがある。他の商品はともかく,魚に関しては一流のものを扱っている。富良野地方は海からいちばん遠いところにありながら,新鮮な魚介類が手に入ることで知られている。寿しはうまくて安いと評判であり,わざわざ札幌から食べに来る人もいる。
ふくやさん
(フクヤ薬局)
服屋さんではない。上富良野で「ふくや」といえば薬屋さんのことを指す。駅前まっすぐの交差点の角にあるので,機会があれば寄ってみよう。なお,福屋さんと区別するためなのかどうか,本物の服屋さんのことは呉服(ごふく)屋さんという。売ってるもののほとんどが洋服でも呉服屋さんという。
おんせんさん
(温泉写真館)
老舗の写真館で,本格的な記念撮影を得意にしている。「温泉」が名字なのだが,初めての人は温泉さんに面と向かって「温泉さん」とはいいづらいようだ。気を遣って「お」にアクセントを置く人がいるが,町の人はごく普通に温泉さんという。写真館だからまだシャレになるが,もし温泉さんが旅館を経営していたらどうなったであろうか。
つたや
(つた家)
全国的に「つたや」といえば本屋,すなわち蔦屋書店のことをさすが,上富良野では板前料理の店のことをいう。宴会はつた家でというのが定番。錦町1丁目。
店の別称
マルイチさん ローソン上富良野店のこと。というと古い人には違和感を持たれると思うが,今は事実上そうである。マルイチさんとは明治31年創業の上富良野で最古の店。旧国道と道道吹上上富良野線の交差点の四隅にマルイチ幾久屋呉服店,マルイチ幾久屋金物店,マルイチ薬局,マルイチ幾久屋雑貨店の4店舗が店を構え,ここに来れば売ってないものはないというところだった。それがここ数年で移転,閉店が相次ぎ,現在地で営業しているのはローソンに変貌したマルイチ幾久屋雑貨店だけである。バス停の名前も昔は「マルイチ十字街」といったが,今は「錦町2丁目」になってしまい寂しい限りだ。
真鍋さん セイコーマートまなべ店のこと。もともとは真鍋商店という食料品店で,ライトバンに商品をぎっしり詰め込んで各家庭をまわる移動販売を行っていた。11時ごろになると「今日のおかずは何にしますか〜」と独特の節回しで軒先を訪ねてきたおばさんの声が懐かしく思い出される。
中田さん セブンイレブン上富良野栄町店のこと。もともとはやはり中田商店という食料品店で,私が小学生の頃,ここにしか売っていない輸入物のチーズがあり,良く買いに行ったものだ。
多田さん (1)駅前弁当のこと。名前のとおり上富良野駅前まっすぐの交差点の角にある。注文するとすぐにあつあつの弁当を作ってくれる。いわゆる「ほっかほか亭」の類。
この弁当屋さんもできたときには町民に価値観の転換をもたらした。というのはそれまで弁当というのは仕事や遊びに行くとき家で作って持って行くものだったからである。店で弁当を買って家で食べるなんて言うと笑われたものだが,いまではそれが普通になってしまった。なお多田さんはもともと肉屋さんで,弁当屋の隣に今も精肉店がある。
(2)フタバヤのこと。おもちゃと化粧品を売っていた店で,小学生が入り浸っていた。着物着たおばあさんが古めかしいレジでファミコンを売っていた光景が懐かしい。現在は閉店し,建物だけが残っている。
(3)にんじん工房のこと。東中でにんじんジュースの直売を行っている農園。
赤川さん (1)菓子司あかがわのこと。上富良野を代表するお菓子屋さんでホワイトチョコをクッキーで挟んだ「ラベンダー」はお土産に一押し。その他「ホップ」や最中「十勝岳」もおすすめ。ローソン上富良野店の斜め向かい付近。
(2)ニューマルヤのこと。こちらもお菓子屋さんで紛らわしかったが,既に閉店している。
ひかりさん (1)ひかり寿しのこと。店はぼろいがネタは絶品という寿司屋。遠方からわざわざ訪れる人もいる。
(2)ひかり理容室のこと。おばさんが店の端から端までタオルを放り投げて,見事にかごに的中させるのが名物だった。今はない。
鳥せいさん 熊ッ子ラーメンかみふらの店のこと。本来「鳥せい」というのは清水町発祥の焼き鳥屋のチェーンだが,上富良野ではラーメン屋に変わってしまった。なお上富良野で焼き鳥を食べようと思えば,「火の鳥」という本格的な焼き鳥屋がある。火の鳥は双葉寿しの跡に入っている。
こだまさん (1)小玉外科医院のこと。本来外科のはずだが,ありとあらゆる病気を扱っている。院長は山好きでも知られ,昭和59年には翁温泉にバーデン上富良野をオープンさせた。
(2)小玉歯科医院のこと。小玉外科の院長の子息が開院した新しい歯医者。
(3)コダマラジオ商会のこと。ナショナル系の家電屋で,のちにパル中村と改名した。今はない。
(4)北海道の十勝山ろく野菜村のこと。町内を代表する農産物の出荷業者。
卯月さん 卯月産婦人科外科医院のこと。昭和34年に開院した町内初の産婦人科で,私の同級生では,生まれた病院によって「町立派」と「卯月派」がいた。今は卯月医院はなくなり,町立病院にも産婦人科医師がいなくなったので,町内で出産できない状況にある。
飛沢さん 旧飛沢病院のこと。飛沢病院は大正以来上富良野の医療を一手に担っていたが,私が知っている時代にはもうなくなっていた。しかし,病院の建物は残り,今から20年程前には長谷川眼科が入っていた。院長は長谷川一郎といった。昭和62年に同姓同名の教諭が上富良野小学校に赴任したが,その時点で長谷川眼科のことを知る人はほとんどいなかった。その後も飛沢病院跡は選挙事務所などとして使用されたこともあったが,2002年春ついに解体された。
松竹さん パーラーラッキーズ上富良野店のこと。もとの松竹は銀座通りの十字街にあり,現在地(スガノ農機跡)に移転した際にパチンコパーラービックアップルと改名した。同時に松竹食堂も移転した。現在,松竹は上富良野市街から徹底し,パチンコ屋の建物はパーラーラッキーズが継承している。
北光さん 松竹さんと同じくラッキーズのことを指す。パチンコ屋のグランド北光(ほっこー)が上富良野郵便局の跡地に移転し,のちにラッキーズとなったが,ラッキーズはさらにビッグアップル跡に移転している。現在ビックトマトとして旭川地区に展開しているパチンコ屋の起源はグランド北光にある。基本的に年配の人はカタカナ言葉を使わないので,カタカナの店名に改称しても,結局古い名前がいつまでも使われ続ける。
かつてマルイチ十字街の1つ東の交差点に松竹,グランド北光,王将というパチンコ屋が集結して勢力を競っていたが,今はどれも移転したのですっかり寂しくなっている。
今井さん 丸井今井百貨店は道内発祥のデパートで,北海道の人は愛着を込めて「丸井さん」と呼ぶ。三越さん,西武さんなどと言わないのとは対照的だ。ところが,富良野では「今井さん」という人が多い。
かつて丸井今井は「井」の字を丸で囲んだマークを使っていた。これと同じマークで「くにいさん」という店があった。美瑛・富良野方面に勢力を伸ばした呉服店である。くにいさんと区別するために今井さんと言っていたのかもしれない。そのくにいさんも倒産して今はない。
商店街の慣習
つけ 今では商品と引き換えにお金を払って,おつりとレシートをもらうというのがあたりまえだが,私の子どもの頃は現金で買物をすることがなかった。何でも「つけ」である。「つけで頼みます」と言えば帳面につけてもらって,月末にドンと請求が来るのだ。現金を持ち歩くなんてのは野暮なことだった。信用が生んだ田舎町の習慣だと思うが,客側にも店側にも細い現金を扱わなくてよいというメリットがあったのだろう。逆に,月ごとに請求額を示されることにより,その店をどれだけ利用しているかはっきりわかってしまう。請求額が少ないと何となく気まずい感じになるので,付き合いで買物することを半強要されるシステムだったともいえる。
くぐり 最近あまり見かけなくなった。日曜日に商店街を歩くとほとんどの店がシャッターを下ろしている。この光景が旅人に誤解を与え,「シャッター街」などと揶揄されることがある。田舎の商店はバイトなど使わず家族だけで経営しているところがほとんどなのだから,日曜日ぐらいは休んでもらわなければ困る。
それでもかつては日曜日でもシャッターを半分だけ開けている店が多かった。これを「くぐり」という。基本的に店は休業なのだが,シャッターの下をくぐって頼み込めば,寝巻き着たような店主が出てきて何とか対応してもらえるというようなものである。親切で店を開けているようにもとれるし,客が来るので仕方なしに開けているという横柄な態度のようにもとれる。しかし,この光景も年中無休,24時間営業のコンビニの出現で最近はあまり見られなくなった。
賞味期限 最近は消費期限とか品質保持期限というのだろうか。スーパーでも日付を気にして買物している人をよく見るようになったが,田舎ではこんなものを気にする人は変人扱いされる。全部の店とは言わないが田舎の店では賞味期限などお構いなしで,商品は売れるまでいつまでも置いておく。悪質なところは賞味期限のところをカッターで削り取っている。缶詰,瓶詰め類は10年以上前の商品を平気で置いてある。たぶん今でも昭和40年代の缶詰など売っているのではないだろうか。パンにも真っ青なアオカビが生えていることがある。「おじさんカビ生えているよ〜」と言うと,「今日問屋が入れ替えにくるんだー」という感じで,店の人自ら売り物を捨てるということはない。こんな店でも商品の回転が良ければやって行けるのだが,スーパーなどに顧客を取られていったん回転が悪くなるとおしまいである。それでも昔からのつきあいの客で何とかやっている。私はこのような田舎の店の実態を知っているから,旅先で汚い食料品店に入ることはまずない。
メニュー 田舎の店は基本的に何でも屋である。食堂もしかり。ちいさな食堂でもメニューにはラーメン,どんぶり,そば,うどん,カレー,何でもある。ところが,メニューにあるものを注文しても「今日はできません」と言われることが多々ある。私がよく行くS食堂では,そばもうどんも品切れで,結局ラーメンしかできないことがあった。逆にメニューにはないけれども,お願いすると作ってもらえるメニューというのもある。同じくS食堂で,メニューにはしょうゆラーメンとみそラーメンしかないのだが,おばさんが「よっぽど気の向いた時にしか作らない」という塩ラーメンがある。東京のいとことS食堂に行ったときには馬鹿笑いしていた。たしかに東京にこんな店はないと思う。
ブルーチップ ブルーチップは全国規模のものだと思うが,知っている人は少ない。上富良野ではふじスーパーでブルーチップを扱っていた。買物をすると切手を小さくしたようなスタンプ(紙切れ)をもらえて,それを500枚張りの台紙に張って,台紙の冊数によって商品と交換できるというものである。カタログを見て商品を選ぶのが子どもの頃の楽しみだった。
ギフトボンド ブルーチップよりもさらにマイナーだが,同じ類のスタンプである。これは今はなき「かくはた」で扱っていた。かくはたというのは大正10年に芦別で創業した老舗スーパーで,富良野,美瑛方面にも進出,上富良野店は昭和48年に開店した。富良野でスーパーといえば「かくはた」のことを指した。今ではどこの店でももらえる白いビニルの買物袋もいち早く取り入れ,あの袋のことを「かくはたの袋」と言っていた。そういえば最近は紙袋を見ることがなくなった。
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施設の略称

きょく 郵便局のこと。都会では局といってもいろいろあるだろうが,田舎町で局といえば郵便局のこと。町内には上富良野郵便局と東中郵便局の2局ある。電話の自動化は昭和45年で,私が小学校で見学に訪れたときにはまだ旧交換室が残っていた。上富良野郵便局は昭和60年に現在地へ移転。
町立 ちょーりつ 上富良野において単に町立といえば100%町立病院のことを指す。他にも町立の施設はたくさんあるのだが。町立病院は昭和33年の開院。いろんなことを言う人がいるが,町に病院があるというのはやはりありがたいことである。田舎暮らしでいちばん困るのは医療のことだ。
プラザ ぷらざ プラザ富山のこと。「富山さん」という人が多いが,プラザと言う人もいる。上富良野唯一の結婚式場で,同窓会や法要の会場として使われることもある。ボーリング場を改装して結婚式場として使われたこともあるニュートキワ会館は今はない。町の公民館で結婚披露宴を行ったのも今は昔。なおプラザ富山は民営。
センプラ せんぷら セントラルプラザ,すなわち商工会のこと。上富良野駅を出て左手に歩いて行くとある立派な建物。ふるさと創生資金を利用して1990年に完成した。プラザ富山の影響か,プラザとは略さない。
センター せんたー 単にセンターと言えば,福祉センターのことを指す。最近は○○センターが増えたので,さすがにあまり使われなくなった。昭和46年落成のいわゆる公民館で,私の親の世代はここで結婚式を挙げた人が多い。
社教/社協 しゃきょー 社教は社会教育総合センターの略。千望峠から見ると,上富良野市街の南東にひときわ目立って輝いている大きな建物。いわゆる総合体育館。昭和63年オープンで,当時は上川管内随一の立派な体育館と言われ,オープン記念にNHKのど自慢が行われた。キンコンカンの「かね」を当時の上富良野小学校のM教諭が担当し,0時15分,最初の画面でいきなりM教諭がアップで映った時には皆食べ物を吹き出したという。
社協は社会福祉協議会の略。漢字は違うが口で「シャキョー」と言われてもどちらのことを言っているのか判断は難しい。
日東会館 にっとうかいかん 略称ではない。日の出山の麓にある地区会館で,葬式の会場として使われることが多い。上富良野では今も葬式はお寺であげるのが通例で,お寺でないところとなれば日東会館くらいしかない。町内の人しか知らないのに,観光客に対して「日東会館のところを曲がって・・・」とか説明する人がいるので困ったものだ。
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子どもの楽しみ

丸一山 富良野川と江幌完別川の合流地点付近にある小高い山。まちの裏山的存在で,開拓期以来子どもの遊び場になってきた。雑木林ではクワガタを取ることもでき,私も何度となく行った。祖父は大正15年の十勝岳噴火の際には丸一山に逃げ込んで九死に一生を得たという。昭和30年代には大相撲巡業が開催された。
ダイゴ 漢字不明。小学生の間で語り継がれてきた山で,クワガタが大量に生息していた。私も1度だけ連れて行ってもらったことがある。しかし,国道237号上富良野バイパスにより,山が分断された。今はトラットリア・ラ・カンパーニャというピザ屋さんが建っており,都会の店と遜色ない本格的なイタリヤ料理を食べることができる。
かぶと虫 基本的に北海道にはかぶと虫がいないとされる。それで古い人はクワガタのことをかぶと虫という。知らない人が「あの山にはかぶと虫がうようよいるよ」なんて言葉を信じて実際に行ってみたらクワガタでがっかりしたなんて例は多い。
松茸 松茸も北海道にはないとされる。それで北海道で松茸というとオオヒラタケのことを指す。ただ本物の松茸もあるらしく,十勝岳の山腹に松茸の生える場所を知っているという古老がいたが亡くなってしまった。
ミルメーク ミルメークというのは牛乳に味付けをする添加物で,全国に共通して見られるものらしい。上富良野でミルメークというと,オレンジと白の袋に白と茶色の「粉末」が入ったものを言う。ところが美瑛,中富良野,富良野では「液状」らしい。
■参考 ミルメークを究める
給食のラーメン 給食にラーメンが出るというのは珍しいのだろうか。ゆでた麺がビニル袋に入っていて,スープにそれを入れて即席のラーメンを作るのである。今考えると絶対食べたくないまずいものである。上富良野ではまず,いつもは味噌汁を入れている器にスープを入れ,全員に配って,「いたーだきます」とやってから,麺を入れるのである。その時点でスープはすっかり冷めてしまっている。ところが中富良野では,まず器に麺を入れ,それから給食当番にスープを注いでもらうという。このほうがおいしそうだ。ただこれももう10年以上の話。最近の給食ラーメンはおいしいらしい。
ドン屋さん ドンは米を爆発させて作るおかし。私の子供のころは祭りの時によく見かけたが,いまもあるのだろうか。今のようにお菓子に恵まれていなかった昔には,ドンはもっと日常的に食べられていたようである。「ドン屋さん」というドンを専門に作る店が町内にもあったという。上小の向かいに「ドン」と看板を掲げた店があったが,そこがそうなのだろうか。また,富良野市には「マカドン」というマカロニのドンがあったが,最近見かけなくなった。
つるっぱハゲっぱヨーロッパ 子どもたちの間で語り継がれている啖呵。たしか振りを伴っていた。由来は不詳だが,一説によれば,昭和50年代後半に上富良野小学校に勤めていたY教諭が授業中に発した駄じゃれが爆発的にヒットし,全町的に広まったものだと言われている。もし,上富良野以外でこの文句を聞いたことがある方がいたら,情報提供願いたい。
*これまでにいただいた情報
・つるっぱハゲっぱヨーロッパ、おまえのかーちゃんでーべーそ!(空知郡中富良野町 03/07/09)
・ハゲっぱつるっぱヨーロッパ(佐賀県 03/08/05)
つのつのこつじ 物を選ぶとき「どちらにしようかな,神様の言うとおり」と指差しながら言うのは全国的にみられるようだ。そのあとに続く言葉が地域によってばらばらなのだが,上富良野では「つのつのこつじ」という。意味は不明。中富良野も「つのつのこつじ」らしい。富良野出身の母は「なのなの・・・」という。「かきのたね・・・」は聞いたことがない。
■参考 どっちの神様?
さくらんちょ 物を誰かにあげたいとき,みんなの前で「これ誰かにさくらんちょ」と声をかける。そしてほしい人が「さんちょ」「らんちょ」と飛びつく。正式には「いんちょ」と言うらしい。私の子ども時代は日常的に見られた光景だが,最近めっきり見なくなった。他の地域でも使われているのだろうか。
■参考 お笑い北海道方言辞典(「こ」の項)
あいけんグ− じゃんけんの掛け声である。上富良野で多いパターンは「最初はグー,じゃんけん,ショ」である。「最初はグー」の掛け声はドリフの「最初はグー,またまたグー,いかりや長介あたまが・・・」から広まったらしい。
ところが「あいけんグー,じゃんけん,ショ」という掛け声がある。年配の人に多いが,他の地域では誰に聞いても知らないといわれる。
グーチー グループを2つに分ける方法で,グーとチーで合った人同士が同じグループになる。この方法自体「グーチー」と言い,掛け声は「グーチーじゃんけんポン」である。これは旭川でも共通していたと思うが,全国的にみると特殊であるらしい。
田舎チョキ はさみを意味するチョキは一般的に人差し指と中指で作る。これに対して親指と人差し指で作るチョキを田舎チョキという。今の子どもで田舎チョキをやるのは少数派だが,ある年代を境に田舎チョキが優勢になる。東京あたりでは田舎チョキ自体知らない人もいるらしい。
ピコピコ 何人かで両こぶしを合わせて体の前に出し,親指の上がった数を当てる遊びである。この遊び自体は全国的に見られるが,正式名称は知られていない。上富良野ではこの遊びをピコピコと呼んでいる。また掛け声も地域ごとに違いがあり,セノシデ,イッセノという地域もあれば,何もいわずにいきなり数字を言う地域もある。上富良野ではセイノデという。
はしたらば 今はどうかしらないが,私の時代は給食のときみんなで手を合わせて「いたーだきます」とやってから食べていた。ところが「いただきます」の前にさらに長々と歌わなければ食べさてもらえない先生がいた。「はしーたらばー」とお経のような呪文を唱えるのだが,その先の文句が思い出せない。一度テレビでも見たことがあるので全国的な習慣だと思うが,ご存知の方はご教示願いたい。
ぎっこんばっこん ぎっこんばっこん おがしまやしろ やっしろべえのかどで ぜにひゃくひーろって まんじゅかってむーちゃむちゃ あーめかってぺーろぺろ
これは私と父兄弟と祖父兄弟しか知らない。出元は曾祖母である。曾祖母は近江国の生まれだから,その方面に伝わる童歌と思われるが,いまだ私の家族以外で知っている人に会ったことがない。
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上富良野は何の町?

上富良野はラベンダーの町,十勝岳の町,自衛隊の町,ホップの町などいろいろな言われ方をする町だが,変わったところでは次のような表現がある。

そろばんの町 そろばんの習得率が高いことによる。私の小学校時代には3件のそろばん塾があり,ほとんどの友人がそろばんを習っていた。私はそろばんをやってなかったのでずっと劣等感があった。しかし実際のところそろばんができなくて不自由したということはない。
七輪の町 七輪(七厘=土製のこんろ)の家庭での保有率が高いことによる。上富良野はサガリ発祥の地だと言われるが,そうした独自の焼肉文化とも関連しているのかもしれない。
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 [富良野・美瑛特集] [知らないと困る富良野の言葉]