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8. (仮称)占冠トンネル

10時50分,ニニウ沼を出発し,本日の最終プログラムである占冠トンネル西工事の工事現場見学へと向かった。

思えば,ニニウで高速道路建設予定地の杭を見つけ,「ニニウのこれから」というホームページを立ち上げたのが10年前のことであるが,それから工事は順調に進み,あとわずかで開通のところまできた。高速道路によって,ニニウから静寂,天の川,蛍といったものが失われるのは何とも残念だが,高速道路の工事は,ニニウ100年の歴史の1ページを既になしているはずである。工事関係者の離散によって歴史が風化する前に,工事の様子を記憶にとどめておきたいと思う。

 

道東自動車道の(仮称)占冠トンネルは,鬼峠の真下を貫き,石勝線鬼峠トンネルにほぼ並行して掘られている。

トンネルの延長は3822メートルで,うち西側3100メートルを占冠トンネル西工事で施工している。発注者は東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本),施工者は三井住友建設・佐藤工業特定建設工事共同企業体で,着工は平成17年5月,この日の時点で貫通まであと100メートルのところまで掘り進んでいた。

バスに乗ったまま約3キロメートル先の切羽まで向かう。

案内をしていただいたのはNEXCO東日本北海道支社千歳工事事務所の佐藤占冠西工区工事長である。ほか,監理者と施工者の方にも立ち会っていただいた。前任の工事長さんが初回の鬼峠フォーラムに参加されていて,その際現場をご案内いただけると言われていたが,その後フォーラムも回を重ね,こうしてみんなで現場見学に来られたことは感慨深い。

バスを降り,切羽へ向かう。写真は換気用変電設備の台車。

タイヤショベル。

切羽が見えてきた。

 

切羽用機械。

 

切羽の前で説明を受ける。

占冠本村とニニウとの間には,断層破砕帯が横たわっている。断層破砕帯とは海底で生じた岩石が,プレートの衝突でめちゃめちゃになって突き上げられたもので,坑道の上,ちょうど鬼峠付近の地表面まで,300メートルの厚さで岩石が粉々の状態で積み重なっている。そのためトンネルは強力な地圧を受けることになり,過去に掘られた鬼峠トンネルや道道の赤岩トンネルも難工事を極めた。

次に引用するのは,石勝線の建設工事のときのエピソードである。

鬼峠トンネル−地下に潜む鬼
(略)さてペンケニニウ川に入りトンネル現場に着くと,もう知らせがあったとみえ,工区長らが出迎えていた。消耗し切った顔を見ると,なんと友人なのだった。トンネルは掘れども掘れども塞がってしまう,いわゆる「盤ぶくれ」で,もう三カ月も同じところを掘り続けているとしょげこんでいた。しかも一カ所や二カ所でなかった。ふくれる岩は粘板岩から変わった準片岩(セミシスト)で,よほど強烈な圧力でおしつぶされているのである。トンネルの空洞ができれば,岩は圧力を開放し,せり出すわけである。地表に近い崩れなら防ぐ術もあるが,山の下では防ぎようもない。「掘りとるしかないね」というと「石でも変わったかと思っていた,畜生,鬼峠め」と彼はうめいた。峠の鬼は地下深くにも潜んでいたのだった。調べると準片岩には異常なほど重金属が含まれていた。それは,トンネルの真下に蛇紋岩のような岩石がおしこまれているからではないかと思う。四キロのトンネル貫通を聞いたのは昭和四十七年であったが,私には友人の笑顔がまず浮かんだのである。(以下略)
(『日本の湖沼と渓谷1,摩周・サロマ湖と日高の渓谷』:第一アートセンター編,ぎょうせい,p.72,1987)

着工以来平均では1か月あたり50メートル程度掘り進んでいるが,昨年は山崩れが10回もあり,1か月あたり15メートルしか進まなかったという。

「変状」と呼んでいたが,頑丈な鉄骨とコンクリートで固めたはずのトンネルが,強力な圧力によってぐちゃぐちゃにつぶれるのである。坑夫の間では,「生きた山」「死んだ山」という言い方をするそうだが,この山は完全に生きているとのこと。山が生きているとなれば,もう人の力ではどうにもならない。

つまり,支保工の鉄骨を太くすれば何とかなるという問題ではないということである。このトンネルでは梁せい200〜250mmの特注の高強度H鋼を二重にし,コンクリートは通常18Nのところ36または45Nの高強度のものを使っているが,それでも一発勝負では持たない。そういう場合には,一度掘って固めたあとに変形を起こさせて,もう一度掘り直していくという。山の力をいなしながら掘っていくので,これを「いなし工法」と呼んでいた。

変状対策のため掘削断面は通常80平方メートルのところを142平方メートルとしており,工事費も通常1メートルあたり約200万円のところ,約500万円かかっている。

なお,鬼峠トンネル工事の際には,メタンガスにより死傷者を出しているが,本工事では人体に影響が出るほどのメタンガスが発生したことはないとのこと。

本坑の切羽を見た後は,避難坑を見学させていただいた。(仮称)占冠トンネルは防災等級が最上位のAAで,本坑に並行して避難用のトンネルがもう1本掘られている。写真は約400メートルおきに設置されている,避難坑への連絡通路である。

避難坑の掘削断面は18平方メートルで,消防車や救急車が走行可能な断面となっている。

 

避難坑は平成20年4月に貫通したが,本坑の施工により変状が始まり,現在は通り抜けができない状況となっている。本坑が貫通した後に,取り壊して掘り直し(縫返し)を行うとのことだった。

掘削位置を示す機械。

ところで,占冠トンネルというのは工事名称であり,正式名称はこれから決まる。「鬼峠トンネル」という名前になる可能性があるか尋ねると,当然候補にはなるだろうが,鉄道に同じ名前のトンネルがあるので難しいだろうとのことだった。

トンネル名については行政や住民の意見を聞くというプロセスを経る必要はなく,工事事務所長権限で決定できるそうである。ただ,既にある鉄道や道路のトンネルと同じ名称は使えないという原則があり,地域にちなんだ名前を付けたいと思っても,高速道路の場合は,既に鉄道や国道に名前を取られていることが多いので苦労するとのこと。

なお,平成22年3月発行の道東自動車道の啓発誌によると,トンネル名称が「西占冠トンネル」,トンネルの西側で鵡川を渡る橋が「ニニウ橋」,東側で鵡川を渡る橋が「鬼峠橋」となっている。恐らくこれが開通時の名称になるものと思われるが,「ニニウ」「鬼峠」の名前は橋梁の名前として道東自動車道に刻まれることになったようである。

長谷川さんはさすが,トンネルの石を持ち帰っていた。


道東自動車道の工事では,隣接する(仮称)穂別トンネルも同様の難工事となっている。開通予定は平成23年度であるが,年度末ぎりぎりの開通となるか,秋のうちに開通できるかは,トンネル工事の進捗にかかっているため,24時間体制で全力を挙げて工事が行われている。工事に携わっているのは全国各地のトンネル工事現場を渡り歩いている百戦錬磨の技術者である。掘っては崩れるトンネルであるが,完成した暁には,未来永劫何も起こらないはずと施工者の方はおっしゃっていた。

順調に工事が進めば4月下旬にトンネルが貫通する予定である。無事貫通したときには,これまで工事に関わった作業員達を集めて御祝いをやりたいと工事長さんは話していた。

12時20分,道の駅到着。解散。

道の駅の観音さんのお店に寄ると,朝にお別れしたはずのNHKの二人も来ていた。一昨年取材した酪農家などをまわってきたとのことだった。


9.桃源郷としてのニニウ