東京旅行記

銀座・有楽町

「♪銀座銀座銀座 銀座銀座銀座 たそがれの銀座〜」

黒沢明とロス・プリモスが歌って昭和43年にヒットした"たそがれの銀座"である。
この歌は特に好きではないし,むしろ嫌いな種類の歌だが,銀座ときいて思い出すのは,やはり「たそがれの銀座〜」である。

北海道にも銀座通りや銀座商店街,サラブレッド銀座,はては病院銀座まである。となれば,本物の銀座を見てみる必要があると思った。


今年は学会の開催地が東京ということで,銀座で盛大な同窓会が行われた。上野広小路駅から営団銀座線に乗って,銀座駅で降りた。
銀座には百貨店がたくさんあった。特別な感慨もなく,「これが銀座か」という程度のものだったが,品の良さそうな街だった。東京といえば,アメ横のような薄汚いところばかりだと思っていたから,東京のイメージも少し変わった。

ところで東京で盛大な同窓会が開かれるというのは,私にとっては複雑な気持ちがする。
前のページで私は北海道に残りたくて北大に入ったと書いたが,そういう動機で北大に入るのは少数派である。北大に入る人たちの多くは,東京の大学に入る学力がなくて,やむなく道外から受験したという人たちだというのが現実である。私の系では道内出身3割,道外出身が7割だった。道外出身者にしてみれば島流しに遭ったようなものだから,入学したての北大生のやる気のなさといったらひどい。ほとんど廃人のようである。そして,何かにつけ北大や北海道の人のことを馬鹿にする。
私はそのような北大の雰囲気が嫌で,居心地が非常に悪かった。
就職でも道内に就職する人はほとんどいなく,9割方は道外,とくに東京近辺へ就職する。

と,悪いことばかり書いたが,同窓会の最後の場面では感動した。幹事が「それでは締めは,恒例の・・・」と切り出したので,三本締めか関東一本締めかと思ったが,「"都ぞ弥生"をみんなで歌って締めましょう」というのである。"都ぞ弥生"は全国的にも有名な北大寮歌である。私は学生時代にまともに歌ったこともなく,歌詞も覚えていないが,諸先輩はしっかり歌っていた。円陣になって肩を組んで,銀座のレストランの座敷で北大寮歌を歌うのは感動だった。今日は東大に行って,北大出身の私は少し小さくなっていたが,こうして東京で同窓生が集まって,お互いに北大の出身だということを確認できるのは素晴らしいことだ。

"♪あなたとわたしの 合言葉 有楽町で 逢いましょう〜"

"有楽町で逢いましょう"は昭和32年,フランク永井のヒット曲である。あの低音のささやくような歌声は耳を離れない。フランク永井は昭和7年生まれだから,今の私と同じ歳であの曲を歌ったのである。
有楽町もどういうところなのか,一度来てみたかった。


JR有楽町駅。銀座の同窓会の帰りは少し歩いて,山手線の有楽町駅から乗った。駅周辺は雑然としており,こんなところで「あなたを待つ」のだろうか。

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