三陸初日の出の旅

鳴子温泉郷


現在14時00分。松島駅にこんな掲示が。実は大変なことになっていたらしい。遊覧船に乗っているときもずいぶん風が強いと思ったが,列車が運休するほどだったとは。多賀城に戻って観光することも考えたが,これでは鳴子温泉に行けなくなるかもしれないので,1時間遅れでやってきた本来13時4分発の一ノ関行き普通列車に乗って北へ向かった。

小牛田で14時27分発鳴子温泉行き普通列車に接続。陸羽東線は1998年の8月に一度乗っているが,当時は古ぼけた気動車で景色もたいして良くなく,もう来なくて良いと思った。今は山形新幹線の新庄延伸を機に「奥の細道湯けむりライン」と愛称がつき,特急秋田リレー号に使われたこともあるキハ110系気動車が投入されている。

本当は小牛田16時40分発の列車に乗れればよいと思っていたのだが,松島を早く引き上げたために時間が余ってしまった。年末なので博物館関係は休みだろうし特別観光したいところもないので,陸羽東線沿線の温泉をはしご湯することにした。わたしは温泉は1日1湯主義で,そうでないと効能がわからなくなってしまうが,この際やむを得ない。

わたしも温泉に入りだした頃は,公営の「○○保養センター」のようなジャグジーや打たせ湯や寝湯のある立派な温泉に好んで入っていたが,最近それらの温泉はお湯を循環しているということを聞いて,「本物の温泉」にこだわるようになった。古くからの温泉街にある「外湯」といわれる共同浴場はたいてい源泉を浴槽にそのまま注いでいる本物の温泉である。観光向けの温泉とは違って地域に密着している外湯は,最初入るのに勇気を要したが,人吉温泉や武雄温泉の元湯などに入って外湯の魅力にとり付かれた。そこで,今回の旅行ではあらかじめ鳴子,蔵王,赤湯,上山などの共同浴場の情報について調べておいた。


15時34分川渡温泉で下車。ここへは来る予定をしてなかったが,たしか駅から歩いて行ける範囲に共同浴場があったと思って下車した。写真のとおりすごい雪である。

べた雪が降りしきる中,雪中行軍で20分かけて温泉街にたどり着いた。看板も何もないので場所がわからず,雪はねをしているおばさんに「公衆浴場はどこですか?」と訪ねた。親切に道を教えてくれ,箱がありますのでお金を払って入ってくださいと言われた。

ここまでは良かったのだが・・・・・・

16時5分,公衆浴場に到着。雪の中を歩いて,全身雪だるま状態になっていた。このまま入って床をぬらしたら申し訳ないと思い,頭から体,リュック,スボンの裾まで時間をかけてバシバシ叩いて念入りに雪をほろった。それでもべた雪なので完全にははらいきれなかった

そして脱衣場に入った。たまたますれ違った管理人とおぼしきじいさんに
「お兄ちゃん,だめだよ。ちゃんとほろってこなきゃ。お互い様なんだから」
と愛想も何もないしかめっ面で言われた。わたしが入る前にも床にだいぶん水が落ちていたのをはっきり憶えている。自分がきちんとしたことに対して真正面から否定されるというこれ以上の屈辱はないが,わたしが落した水滴もないとは言い切れないから素直に謝っておいた。
そのあと旅の人とおぼしき男が風呂から出てきて
「いろいろ難しい作法があるもんですな。それにしてもいい湯だった」
とつぶやいていた。
「難しい作法」って何だ?
不安になる。でもここまで来て引き返すわけにはいかない。
勇気を出して浴室に入る。当然シャワーなどないので,たらいで湯船のお湯をがばっと汲んで体を洗い流したいところだが,湯船にはびっしり人が入っていたので,蛇口のお湯で体を洗った。たらいで前から2回,後ろから1回,後ろにも手を伸ばして洗うべき部分は洗ったつもりである。
浴槽から1人上がってスペースができたので,あ゛ーっと温泉に浸かる。するとまわりから何か声が聞こえてくる。
「ケツ洗ってから入れや」

???

「わたしゃ洗ったよ!」
と言いたがったが,あまりにも心外なお叱りに,洗い場の方を指差してアワワ,アワワと言うだけで言葉にならない。
その後すぐ別の男が
「ごめんごめん見てなかったんだ」
と誤ってくれたが,本当に見ていなかったのか単なるフォローなのかわからない。
お湯には3分くらい使っていたが,その間ずっと怒られっぱなしだった。
確かにたらい3杯のお湯で体が完全にきれいになったとは言い切れないが,これで怒られるなら,全員が怒られなくてはならないのではないか。
早々に風呂を出て脱衣所に戻ると,さっき謝ってくれた男が
「嫌な思いをさせて悪かったな,隣のやつが見てないって言うもんだから」
とまた誤ってくれ,気を使ってどこから来たのとかいろいろ訪ねてくれたが,どうも釈然としなかった。

冷静になって考えてみると,雪をはらってないとか,体を洗ってないとかいうことよりも,まず無言で脱衣所に入り,無言で風呂に入った態度が気に入らなかったのではないだろうか。地元の人にしてみれば毎日の生活の場であるところへ,得体の知れない外部の人間が無言で入ってくれば感じが悪いに違いない。この公衆浴場は道路に看板が出ていなかったことからしても,あまり外部の人の利用を歓迎していないように思われる。
「来てはいけないところに来てしまったのだ」
そう思うより仕方がなかった。

松島は悪印象,川渡温泉も悪印象。このまま山形に入ってしまえは,宮城県は最悪のイメージのままで終わってしまう。雪も激しく降っているので,もうホテルに向かいたい気持ちは山々だが,何とか悪いイメージを回復させなければならないと思って,鳴子温泉駅で下車する。


鳴子温泉,滝の湯。150円の入浴券は近くの店の軒先にある自動販売機で購入する。後から気づいたのだが,暗がりのため,おつりの500円玉を取り忘れたらしい。ちなみに川渡温泉では100円玉がないため,寄付金200円のところを500円払った。結局350円でよいところを1150円も払ったことになり,こういうのを泣きっ面に蜂と言うのであろうか。

滝の湯も番台さんの愛想は悪い。さっきのことが頭にあるので,温泉に入ったばかりにもかかわらず,たらいで浴槽の水を汲んでざぶんざぶんと,これでもかぁ〜〜〜っ,と言うくらいに体を洗い流した。
しかし,ここは鳴子温泉という大温泉街の外湯だけあって観光色が強く,厳しいことを言う人もなく,ゆっくりと浸かれた。東北の温泉の割りにぬるめなのも良い。これで半分くらいはイメージが回復した。

こうなりゃもうやけだ,早稲田湯にも浸かってしまおう。


早稲田湯は早稲田大学の学生がボーリングの実習で掘り当てた温泉で,平成10年に早稲田大学石山修武研究室の設計で立派な施設が建てられた。いかにも建築家が設計したという感じのするコンセプトをがちがちに固めた建物で,わたしはどうもこういう押し付けがましい建物が好きになれない。

何を意味しているのか良くわからない迷路のような通路を歩いて受付にたどり着くと,おばさんが近寄ってきて,
「ハイ,ここで荷物をロッカーに預けてください」
「ハイ,ここで入浴券を買ってください」
「ハイ,入浴券をいただきます。ハイ,そしたらその財布もロッカーに入れてください」
といちいち指導してくれる。温泉情緒も何もあったものでない。

ここは早稲田の学生かどうかわからないが,学生風の兄ちゃんが多かったし,シャワーも完備していた。

思うに,鳴子温泉は仙台や東京から近いので,温泉にあまり入り慣れない人が来ていろいろトラブルを起こしているのではないだろうか。それで地元の人と観光客との関係がうまくいってないのではないだろうか。実際,「外来者の入浴を禁ず」と謳っている公衆浴場もある。川渡温泉も鳴子温泉もお湯自体は素晴らしかったが,気持ちの面でいいお湯に入ったという気がしなかった。

この先,よっぽどのことがなければ再び鳴子温泉に来ることはないだろう。


新庄から鳴子温泉にだいぶん遅れて到着したキハ110系気動車。運転士さんが下り坂でも60キロしか出ないとぼやいていた。壁に雪がこびりつき,窓は曇っている。北海道で使われている車両は断熱性が良いのでこんなことにはならないはず。本州の車両のほうがむしろ厳しい条件で使われている。

19時3分新庄駅に到着。この駅に着くとほっとする。山形新幹線開業時に新駅舎となり,BGMが心地よい。ホームはエの字型で,階段なしで乗り換えできる素晴らしい設計だ。

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