三陸初日の出の旅

山田線

山田線は日本でいちばん好きな路線である。山田線と行っても海岸を走る釜石〜宮古間と山間を走る宮古〜盛岡間に大きく分かれるが,わたしが好きなのは山を走るところである。山田線は簡単には来れないところがまた良い。山田線に乗るときは思い入れて,相当な苦労をして訪れるだけに,見える風景も一段と感動が大きくなる。お金のない学生時代,時刻表を見ていったいどうやって訪れたらよいのだろうかと途方にくれたものだが,それでも深夜フェリーや安宿を駆使して3度乗った。今回で4度目だが,何度乗っても飽きることはないだろう。

8時34分,「初日の出宮古号」に乗って盛岡に向けて出発する。


区界峠に向かってひたすら閉伊川(へいがわ)に沿って走る。宮古はほとんど雪が降らないが,峠に向かって雪がだんだん深くなっていく。


絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,絶景,と何度叫んでも気がすまない。

しかし,よく考えるといわゆる絶景とは少し違う気がする。例えば層雲峡を絶景と言っても,美瑛の丘は絶景とは言わない。それと同じようなものだ。絶景でないにもかかわらず,人の心に残る景色というものがある。
「人生は山坂歩く旅の路」
と誰かが言っていた。人それぞれに好きな景色というのがあると思うが,それはその景色がその人の人生を象徴しているからかもしれない。すると,山田線の車窓はわたしの人生とどこか重なるところがあるのだろう。

遠野物語』。今回の旅行中,実はこの本をずっと読んでいた。苫小牧の駅前でバスを待っている間に購入した。何か東北に関係ある本をと思ってたまたま見つけた。柳田国男という人は以前から気になっていた。

遠野は釜石線の遠野だが,山田線沿線の話も少し出てくる。

五四 閉伊川の流には淵多く恐ろしき伝説少なからず。小国川との落合に近き所に,川井と云ふ村あり。其村の長者の奉公人,ある淵の上なる山にて木を切るとて,斧を水中に取落としたり。主人の物なれば淵に入りて之を探りしに,水の底に入るままに物音聞ゆ。之を求めて行くに岩の陰に家あり。奥の方に美しき娘機を織りて居たり。そのハタシに彼の斧は立てかけてありたり。之を返したまはらんと言ふ時,振り返りたる女の顔を見れば,二三年前に身まかりたる我が主人の娘なり。斧は返すべければ我が此処にあることを人に言ふな。其礼としては其方身上良くなり,奉公せずともすむやうにして遣らんと言いたり。其為なるか否かは知らず,其後胴引など云ふ博打に不思議に勝ち続けて金溜り,程なく奉公をやめ家に引込みて中位の農民になりたれど,此男は疾くに物忘れして,此娘の言ひしことも心付かずしてありしに,或日同じ淵の辺を過ぎて町へ行くとて,ふと前のことを思ひ出し,伴へる者に以前かかることありきと語りしかば,やがて其噂は近郷に伝わりぬ。其頃より男は家産再び傾き,又昔の主人に奉公して年を経たり。家の主人は何と思ひしにや,その淵に何荷とも無く熱湯を注ぎ入れなどしたりしが,何の効も無かりしとのことなり。


川井村閉伊川

このような伝説が淡々と100以上も書き連ねられている。大変興味深く,のめりこむようにして読んだ。『遠野物語』を読むとこのあたりは鬼が出たり妖怪が出たり,ずいぶん恐ろしいところのように映るが,遠野だけでなく全国各地にこのような話があったのだろう。


箱石の集落。地形的には穂別の福山や占冠のニニウに匹敵する山奥だが,山田線と国道106号閉伊街道が通じているだけに今も人が多く住んでいる。福山も近年国道274号が通ったが,そのときにはもう集落が解体していた。山田線沿線には北海道ではもう見られなくなったような山村が残っており,わたしが山田線に惹かれる大きな理由である。


だんだん険しく,雪も激しくなってくる。


川内駅。有人駅で,通学の高校生のためこの駅から宮古までの区間列車が運転されている。無人化されてしまう前に一度降りてみたい。


平津戸駅


松草駅。峠の一歩手前だが,明るい雰囲気。


松草の集落。


標高751mの区界駅を通過。カメラマンたちが待ち構えていた。宮古から盛岡まで100人くらいのカメラマンを見た。みなこの列車と次に来る快速リアスの国鉄色気動車を狙っているのだろう。

峠を越えると国道と離れて林道沿いを行く。

浅岸付近。廃屋だらけの無人境にある秘境駅と称されている。確かに都会の人の目にはそう映るかもしれないが,わたしの目で見れば立派な集落だ。林道も除雪されており,ガードレールも整備されていて立派なものだ。北海道ではとうに廃村となっているようなところに,岩手県ではまだ人が住んでいる。まさしく日本のチベットというのにふさわしい。しかし今の時代,このようなところに住み続けるのは大変なこと。いつまでこのような風景が見られるだろうか。

 

大志田。列車が1日1.5往復しか停車せず第一級の秘境駅と称されるが,ここはもう盛岡から林道が直接通じており,だいぶん里におりてきたという感じがする


上米内駅通過。山田線は通過列車でも駅員が旗を持って見送る昔ながらの風景が見られる。


10時31分盛岡到着。約2時間の旅路だったがこの間一度も列車とすれ違わなかった。

山田線の車窓はほんとに素晴らしい。昨日からほとんど眠ってないのでうとうとしてしまうかと思ったが,眠くなる暇も無かった。

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