北海観光節旅行記熊野古道と北リアス線

滝尻王子

14時25分,高原熊野神社を出発して,滝尻に向かう。滝尻までは3.7km,バスの発車時刻までは2時間あるから,ゆっくり歩いても十分に間に合うだろう。

夫婦地蔵。

この区間の熊野古道は,地道いえどもこれまでとまた雰囲気が異なっていたが,やはり本来の古道ではないという。

登山スタイルで息を切らしながら坂を上っていく2人組とすれ違った。結果として,これが熊野古道で会った最後の人たちになった。

古道歩きには2つのタイプがあるという。1つはスポーツ派で,案内人がいても説明など聞こうとせず,ただひたすら歩いて,できるだけ早くゴールに着こうとするタイプ,もう1つは歴史派で,案内人の説明に熱心に耳を傾けるだけではなく,いろいろ質問して困らせ,みずからも路傍の石仏や道標を調べて歩こうとするタイプである。

なるほどと思うが,実際に熊野古道を歩いて見ると,会った人は少ないながらも,思いのほか老若男女いろいろな人がいた。

ただ,歴史を調べるにしても,ガイドブックなどは王子社を中心とした遺構の故事由来を記すにとどまっており,熊野古道のもう一つの大きな側面である生活道路としての道の意味にまで踏み込んだものはあまりないようであった。道そのものの価値が認められた世界遺産であるからには,古道を歩く意味をもっと深めていく必要があるように思う。

針地蔵尊。

いったん舗装道路に出て,再び上りにさしかかった。やがて道は二手に分かれ,左に進むと,「ホラ貝ポイント」「ヤッホーポイント」があるらしい。しかし,ここは右手の飯盛山頂への道を選んだ。

標高341.1m,三角点のある飯盛山(めしもりやま)からの眺め。眼下に旧中辺路町の市街地を望む。

ここから先の道は,ほとんどがこのような木の根が張った道だった。木の根道とか根っこ道と言われて,写真で見る分には情趣があるが,実際にはこの上なく歩きにくい。

標高341mの飯盛山から高低差約250mを1.5kmで下る。根っこ道は歩きづらく,木につかまりながらようやくのことで下りる。

昨日の果無峠が天国のように感じられた。生活道路というのは,険しいように見えて意外と難なく歩くことのできるものである。この滝尻への道は本来の生活道路ではなく,滝尻から古道を歩こうとする人たちへの見せしめとして,半ばふざけて道がつけられているようにさえ感じた。

不寝(ねず)王子跡。

乳岩。藤原秀衡が夫婦で熊野詣でをしたとき,夫人が急に産気づいて出産したところだという。

胎内くぐり。ここをくぐれば安産の御利益があるというが,無理な姿勢でくぐると体へのダメージが大きそうなのでやめておいた。

滝尻の集落はすぐそこに見えたが,急な石段の長く感じられること。飯盛山からの1.6kmを,実に50分以上を費やして滝尻まで下りた。

 

滝尻王子は九十九王子の中でも格式高い五体王子の一つ。今日は逆コースをたどったが,滝尻から熊野の神域に入るとされ,古道歩きもここから始める人が多い。

お土産屋さんは店を片付けようとしているところだった。今日は何人のお客さんが訪れたのだろう。せっかくだから,今年最後のお客さんになろうかと思ったが,残念ながら魅力的なお土産がなかった。

川を渡り,バス停から高原谷方面を望む。たしかに,いよいよこれから熊野に入っていくという雰囲気がある。右手の熊野古道館は元日から営業を始めるらしいが,今日は休館だった。

滝尻16:25発→紀伊田辺駅17:18着 龍神バス 紀南病院行き

これで今日の古道歩きは終わり。バスで国道を下り,紀伊田辺駅に向かう。

次へ