鳥居の前には,出店がいくつかあった。たこ焼きを1パックいただいたが,本場だけに本格的なものだった。
次は,1kmほど離れたところにある神倉神社に行ってみる。神倉神社は熊野速玉大社の元宮で,そもそも新宮の名は,この元宮に対して新たに熊野速玉大社を遷座したことによるという。それも2000年近く前の神話の世界のことだ。
10分ほどで神倉神社の入り口に着いたものの,真っ暗だった。この先,石段が583段あるそうで,参拝は控えておいたほうがよさそうだ。
すぐ近くに,地図には載っていなかった出雲大社があり,明かりがついていたので参拝しておいた。
国道に出た。初詣の人たちで,それなりに車や人の通りがあった。
プライスカットというディスカウントストア。年中無休の24時間営業ということで,薄暗い蛍光灯の下で店を開けており,参拝帰りの少女たちが暖を採るためか中に入っていったが,何か切ないものがあった。
さらに,市街の中にある神社をいくつか巡ってみようと思う。元日のまだ夜が明けないうちの,名も知れぬ神社巡りほど,わくわくとすることはないと思う。
国道から一路東へ歩き,太平洋を望む王子ヶ浜へ出た。海には舟の灯りがいくつか見えた。
熊野九十九王子の一つ,浜王子が近い。
村社,王子神社として手厚く祀られていた。
さらに住宅街の中を抜けて,阿須賀神社を目指す。このような夜中に,住宅街の中を歩いても不審に思われない,というか,不審に思われても堂々とした理由が立つのは元日を置いてほかにない。
街路はジグザグであったが,その道筋には妙な自然さがあった。実は,この道は熊野古道だった。中辺路の一部だというが,このような住宅街の中を縫う道も,熊野古道の一面と言えそうである。
浜王子から20分ほどで阿須賀神社に着いた。
手水鉢は1631年に寄進されたものだという。
新宮最古の神社ともいわれる大きな神社である。
神社には誰もおらず,御神酒はセルフサービスのようだった。
境内社の阿須賀稲荷神社。
もう一つの境内社は徐福の宮。
10年ほど前に,地元の上富良野で「徐福を語る国際シンポジウム」が開催されたことがあったが,それは上富良野静修の熊野神社の祠の雰囲気が三重県の熊野神社に類似していることや,御神体が日本では例の少ない中国風になっていることから,徐福との関わりが指摘されたものであった。
時刻は午前2時を回った。土地によっては,小さな神社でも,地区の人たちが社務所で夜通し酒を飲んでいたり,神楽を奉納していたりするものだが,この土地では,熊野速玉大社の一点豪華主義というところがあるようで,その他の神社にはひと気がなかった。
この先,県境の熊野川を渡れば,また由緒ある神社もいくつかあるようだったが,せっかく宿を取っているので,戻って少し休むことにした。