四国九州旅行 失敗談

 私も鉄道で旅行するようになって5年,北海道,東北とだんだん範囲を広げ,今回は四国・九州にまで来てしまった。その間,いろいろなトラブルにも遭遇し,百戦錬磨のつもりでいる。しかし,いくら用意周到に旅のプランを作っても,必ず何か失敗をする。今回おかしてしまった失敗の中からいくつか紹介したい。


●涙の駅弁〜吉松駅

 肥薩線吉松駅は,今では珍しくなった駅弁のホームでの立売をやっていることで有名である。今回,宮崎県・鹿児島県に足を踏み入れるため肥薩線に乗り,鹿児島県最初の駅の吉松駅で折り返すことにしたが,いっぽう,吉松駅の駅弁も楽しみにしていた。既に薄暗くなっていた18時15分,1両編成の普通列車は吉松駅に到着した。向かいのホームには都城行きの普通列車が入っている。乗り換える人もいるようだが私はここで折り返す。

 私は駅弁を楽しみにホームへ降りたが駅弁を売っている気配はない。駅前に駅弁を製造していると見られる仕出屋があったが,電気もついていないしつぶれているようにも見える。吉松駅の周辺は見事に寂れきっており,人もいない。駅だけはなぜか電飾が光り輝き,やけに元気だ。もう夕食の時間で何か食料を手に入れなければならないからとりあえず駅前をまっすぐ歩いてみた。幸いにして,5分も歩くとコンビニ風の商店があったので弁当を買った。

 後は駅に戻ってさっき乗って来た列車と同じ列車に乗って人吉に戻ればよい。さて,駅に戻るとホームには電気もなく真っ暗だったが1・2番ホームのキヨスクが開いているように見える。しかし,人気もなく暗く怖いので行くのはやめ,3番ホームに向かった。そこに衝撃の光景があった。真っ暗なホームで車内から漏れる光にほのかに照らされて,おじさんが駅弁を売っているのである。さっきは列車の陰になっていて見えなかったのだ。そして残酷にも私はその駅弁売りのおじさんの前をコンビニの袋を持って通り過ぎ,列車に乗り込んでしまった。「残酷」というのはそのおじさんがあまりに哀れであったのである。列車の乗客は数人,誰も駅弁を買っていない。たぶん今日はこの列車が駅弁を売る最後の列車である。おじさんは誰もいないホームで「駅弁はいかがですか〜」と声をあげている。列車が出発する間ぎわまで「駅弁はいかがですか」列車の横をひたすら行ったり来たりしている。

 私は迷った。ここに弁当があるが駅弁を買うべきか。この弁当は後で食べても良いのだ。迷っているうちに列車は発車してしまった。私は涙が出そうになった。

 肥薩線はかつては鹿児島県へのメインルートでずいぶん賑わったという。しかし今は廃止が取りざたされる所まで来ている。この3月のダイヤ改正では人吉−吉松間の急行えびのが廃止され,いよいよ寂しくなった。今乗っている列車も乗客はわずか4人である。日本一の車窓が展開する肥薩線も廃止の日が近いという話も現実味を持って感じられた。そんな所だから駅弁もいつまであるかわからない。おそらく私は吉松駅で駅弁を買う最初で最後のチャンスを逃してしまった。そして,駅弁売りのおじさんの前をコンビニの弁当を持って通り過ぎたことが駅弁がなくなるのを一日でも早めることになったらと思うと,やりきれない。


●私鉄の時刻表にはご用心〜島原鉄道

 全国版の時刻表にはJR銭には全駅全列車掲載されているが,私鉄,第3セクター鉄道の場合には,省略して掲載されていることもある。今回の旅行では,有明海をフェリーで渡って長崎へ入るのに,島原鉄道の運行時刻がかぎとなった。時刻表では詳細な時刻が得られず,インターネットで時刻表を手に入れ,何とかうまく旅行プランをたてることができた。その時刻表によれば諫早行は島原駅11時22分発。

 島原城の観光を終え,駅の売店で弁当を買い,記念スタンプも押して,3分前には改札を通った。列車はすぐにホームに入ってきたが,まだ時間があると思っていたので写真のアングルなど定めて写真を撮っていた。ところが発車ベルが鳴り,駅員が笛を鳴らしている。どうも穏やかではない。私は写真を早々に撮り,とりあえず車内に駆け込んだ。

 列車はすぐに発車した。おかしいと思って車内に掲示されていた時刻表を見ると,なんと島原発は11時19分である。ということは私が改札を通った時点で発車時刻になっていたのであり,のんびりと写真を撮っている暇などなかったのだ。駅員さんからみればどれだけ非常識なやつに見えたことだろうか。冷や汗。

 今回はいつもに比べると余裕を持って改札を通っていたことと,駅員さんが私の行動を見ていてくれたことで列車の発車を多少遅らさせてくれたことが幸いして,乗り逃すことはなかったが,もし乗り逃していればその後の日程が大きく狂うところだった。

 今回の失敗のそもそもの原因はインターネットで調べた時刻表を何の疑いもなく信頼していたことにある。実は島原鉄道のダイヤも3月11日のJRダイヤ改正で変更になっていたのである。インターネットでは3月11日に調べていたが,インターネットのダイヤが改正に合わせて更新されているとは限らない。むしろインターネットでは古い時刻が掲載されていることが多いと日ごろから思っていた。なのに今回に限って信頼してしまったのだ。よくある「ご出発前にいま一度時刻をお確かめください」という注意書きは本当だ。インターネットの情報は信用してはならない。 


●耳が聞こえない人と外国人との境界

 大阪発青森行きの特急白鳥は満席だった。隣には清楚な女性が座った。いつもならば好ましいことであるが,私も旅行最終日で疲れているし気を使わなくてはならないので困ったなと思った。持っていた切符をちらりと見ると新潟までらしい。ということはとにかく6時間半は一緒に座ることになる。別に話もせずしばらく黙っていたが,どうも様子がちょっとかわっている。車内改札のときもちょっと反応がへんだった。車内販売から弁当を買っていたが,まったく言葉を解せぬようで,値札を見せてもらってお金を払っていた。その弁当は少し変わっていて,彼女が食べずらそうにしていたところ斜め後ろの人が,これはこう食べるのだとしぐさで教えていた。

 私は確信した。その女性は耳が聞こえないのである。

 実は私は手話が多少できる。小学校6年生のときから勉強していたからもう手話歴12年だ。大学1年までは手話サークルに入っていた。しかし,手話というのは手話サークルをやめると使う機会がほとんどない。いままで床屋などでもこの人は耳が聞こえないとわかっていながらも,手話が使えるかどうかわからないからと仲間の聞こえる人に注文して伝えてもらうことがあったり,手話を使えばいいところで使わずに後悔することが何度もあった。

 それで今回はいい機会だと思い,彼女が弁当を食べ終わった所で話しかけてみた。するとなんと流暢な英語で「アイアムコーリアン」だという。まいった。私は動揺して「アイムソーリー」ともいえず,まだ手を動かし,逆にあなたが聞こえないのか誤解される始末。こういうときに英語ができれば問題はない。英語で事情を説明すればかえって会話がはずんだかもしれない。しかし私は英語は全くだめた。実はハングル語も昔勉強したことがあり,韓国のことなら話題はいろいろある。が,韓国語は英語のさらに100分の1もできない。

 結局それからは気まずくなり,新潟までの数時間,苦痛の時を過ごした。彼女のほうから気を使ってくれて今どこを走っているのかとか,新潟には何時に着くのかとわかりやすい英語で話しかけてくれた。最後には英語か韓国語で別れの挨拶をしようと思って頭の中で用意しておいたが,結局首を振るだけだった。だめな人間だ。


●白鳥は飢餓列車だった

 新潟でコーリアンの女性が降り,気は楽になった。新潟から列車の進行方向が逆になるので座席を回転させる。回しかたがわからない人もいるのでこういう時は鉄道好きは重宝される。近くのおばさんが尋ねてきたのでいすを回してあげた。このおばさんとはその4時間後,秋田を出てからいろいろ話をすることになる。乗車時間12時間を超える長い旅路には何度も別れや出会いがある。

 大阪を発車して既に6時間以上,車内販売は担当の女性が交代しながら何度もまわってくる。この列車はやけ年配の女性が多い。新潟発車後,16時30分過ぎに「これが本日最後の弁当販売になります」と言って車内販売がまわってきた。私はまだ4時半だろうそんなはずはないと思って買わなかった。新潟の担当では最後なのであって,秋田からはまた別の車内販売が乗車し弁当を売り出すだろうと判断したのである。

 しかし,鶴岡,酒田,羽後本庄とどんどん客は降り,車内は寂しくなってくる。私は心配になったのか,そういえばと思って,いつも携帯している旅行ノートの前回白鳥に乗車した時のメモを見返した。そこには「車内販売は秋田までで終了」と書いてあった。しかしそれでも私は動じなかった。「秋田から乗車したのになぜ秋田までで車内販売が終了したことがわかったのだろう。これは何かの間違いだ」と考えたのである。

 列車は秋田に着いた。秋田からは乗る人もいなく,ついに増結4号車の車内は3人だけになってしまった。この時点で私は新潟を出た後の弁当販売が本当に最後だったことを認めた。いちおう食料難になることは予想されたので奈良駅前のサンクスで昼と夜食,1リットルペットボトルのお茶を買い込んでおいた。しかし夕食は車内で買おうと思っていたので,はまなす乗車後の夜食に買っておいたパンを前倒しで食べることにした。そして非常用に持ち歩いているカロリーメイトにも手をつけた。

 青森駅では白鳥からはまなすへの乗り換えに9分の待ち合わせ時間がある。駅ホームの売店がはまなすの発車まで営業していることは知っていたので,そこで何か仕入れようと希望を抱いていた。しかし,村上付近で発生していた10分程度の遅れがいつまでたっても回復しない。もちろんはまなすへの接続はとってくれるが「お客様が乗り換えしだい発車」ということだった。これでは売店で物を買う時間もなく,やむなくはまなすに駆け込んだ。空腹よりも眠気のほうが強かったので,札幌まで熟睡することはできた。しかし,私が旅行で最も楽しみしているといってもよい,最後の列車での旅の思い出にふけりながらの飲んだり食べたりはできずに終わり,やや欲求不満の旅の終焉となった。


●安い切符には裏がある

 事前に札幌駅で白鳥+はまなすの特急券・急行券・指定席券と大阪−小樽の乗車券を購入した。当たり前のことだが,JRの切符は1か月前から販売しており,はまなすカーペットなど人気のある列車は速めに指定席をおさえておく必要がある。大阪から小樽までJRというのもやや酔狂だが,私にとってはいつものことで,駅員さんも普通に発券してくれた。ところが大阪−小樽の乗車券が私が計算した額よりも安い。高ければその場でいろいろ調べてもらうが,安いので「もうけ」って感じで,私の計算が間違っていたのだろうと思いすんなりと切符を受け取った。

 しかし,安いというのは厄介である。機械が値段を間違えるわけはないから何か裏があるわけだ。調べてみると乗車券が長万部から倶知安まわりになっている。有珠山の噴火で迂回ルートとして活躍したルートである。倶知安まわりのほうが距離が短い。からくりはとけた。

 ここで私が札幌駅を通過し小樽で降りるならば本当に駅員のミスによるもうけものである。しかし切符を小樽までにしたのは札幌駅で自動改札を通った時に切符を取られないようにし,切符を記念に残しておきたかったからである。倶知安まわりの切符では札幌駅の自動改札では引っかかってしまう。これはめんどくさいことになった。

 そもそも室蘭線・千歳線経由の急行はまなすの急行券・指定席券と同時に求めているのだから,指定席券と乗車券の経路を会わせずに発券した駅員の完全なミスである。しかもそれを料金の高い室蘭線・千歳線経由に変更してほしいと申告するのだから,私に全く非はない。

 ところが,駅員さんというのはこういうちょっとややこしい問題になるとまるで能無しだ。不安を抱きながらも旅行出発の前に札幌駅の窓口で変更を申し出た。非常に男前で,いつもテキパキと応対してくれる人に当たったのだが,やはり説明してもなかなかわかってくれない。やっと事情が飲み込めた所でマルスの操作ができない。奥から詳しい人が出てきたがやっぱり発券できない。列者の発車まで時間もなく「空港でもできますから」とたらいまわしにされた格好でその場は引き取った。

 空港では時間があまりない。制度上は切符は全国どこでも変更してくれることになっているが,札幌駅のミスを大阪に持っていっても大阪の人は嫌がるだろう。いっそのこと列車に乗車してから車内で車掌に変更を求めることができるが,区間が長く計算も面倒なだけに,西日本の車掌から東日本の車掌に,そして北海道の車掌にとたらいまわしにされ結局札幌駅にまた戻ってくるということにもなりかねない。

 やはり今のうちに決着をつけてしまいたいところなので,新千歳空港駅のみどりの窓口で変更を申し出た。ところが,新千歳空港駅の駅員さんはプロだった。事情を簡単に説明したところで「本当だねえ」とすぐにわかってくれ,マルスを的確に操作,これは駅員のミスによるものだからと乗車変更の印は押さず(押すと2度目の変更はできなくなる),発券してくれた。私はおもわず「すごいですね」と声をあげた。新千歳空港は外国人も多く利用するJR北海道の顔ともいえる駅だから,優秀な駅員を配置しているのだろうか。感動した。

 

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