ちほく高原鉄道ふるさと銀河線

時刻表でたどる網走本線・池北線・ふるさと銀河線の歴史

(7)レールバス投入

「時刻表 昭和31年12月号」(日本交通公社,1977年復刻版)


昭和24年,公共企業体としての日本国有鉄道が発足,翌25年には日本の鉄道輸送体系がおおむね戦前の水準にまで回復した。

昭和30年8月22日,道内に8両のレールバス(キハ10000形式,のちキハ01)の運行が開始された。深名線,石北線(北見〜留辺蘂),相生線とともに網走本線にもいち早く導入され,北見側では列車本数が一気に増えた。
しかしレールバスは定員が52名(座席数40)と少なく,乗降不能の事態がたびたび発生するようになり,昭和33年以降一般型の気動車と置き換えられていく。

いま一つ時刻表で注目したいのは,川上駅に「電報取扱駅」の表示があることである。電報取扱駅では鉄道電話の回線を利用して,一般の電報も取り扱っており,戦前には多くの駅がそうだったのであるが,この当時,主要駅のほか天幕,中越,上越といった奥地の駅で電報の取り扱いが残っている。

昭和25年に日ノ出駅,同27年に愛冠駅が開業している。

上野〜陸別 所要 36時間05分
上野20:10発
青森9:30着
常磐線廻り急行北斗 昭和25年以降,全国各地で優等列車に愛称がつけられるようになった。
「北斗」は現在函館〜札幌間の特急に使用されている愛称だが,当初は上野〜青森間の夜行列車だった。「まりも」は昭和26年4月,「大雪」「石狩」「エルム」とともに道内初の愛称付き列車として登場し,本州接続列車としての「北斗」〜「まりも」の関係は,昭和40年9月までの長きにわたって続いた。同年10月改正で,急行北斗は20系化・特急化とともに「ゆうづる」と改称し,「北斗」の名は函館で「ゆうづる」を受ける気動車特急に受け継がれている。
「まりも」はこの当時,食堂車,2等寝台車,3等寝台車,特別2等車,2等車各1両,3等車5両,荷物車3両の計13両編成であった。
青森9:50発
函館14:20着
青函連絡船17便
函館14:50発
池田4:43着
急行まりも
池田6:00発
陸別(8:15)着
633列車北見行き


(8)池北線となる