石北本線

常紋(信) じょうもん 信号場

1996.8.7撮影
北見市留辺蘂町金華
大正3年10月5日開業
標高345m
信号場(スイッチバック,2線)
新旭川より148.0キロ
生田原より10.3キロ

2000年8月廃止されたとの情報。待避線の出発信号機は使用中止となったが本線の信号機は生きており,正式に廃止されたのか定かではない。

●生田原→常紋(信)の車窓

生田原から石北本線第2の峠越えとなる。国境ではないが峠によって両側の地域は分断されており,相互の移動は少ない。また,鉄道ファンには北見峠よりもこちらのほうがずっと有名で,蒸気機関車時代にはSL重連の撮影名所として賑わい,スイッチバックの信号場があることでも知られる。しかし有名なのは峠の留辺蘂側で,生田原側は地味。国道からも離れた山の中を25パーミル勾配,半径300mカープの連続で上っていく。両側を鉄道林に囲われ,眺めも特に良くない。
峠の頂上で常紋トンネルに入る。大正3年に完成した古いトンネルで,レンガの壁が気持ち悪い。このトンネルの建設には通称・タコと呼ばれた拘禁労働者が従事し,北海道タコ部屋労働史上最大といわれる百数十名死亡者が出たが,記録は一切なく,幽霊・人魂伝説や,人柱・生き埋め話が伝えられている。実際,昭和45年にはトンネル改修中に壁から人骨が立った姿で発見された。
トンネルをゆっくりと抜けると信号場のシェルターを通過,右に待避線を見て,峠を下っていく。

●常紋信号場

現在は無人の信号場だが,有人の時代には「火の玉がでる」 「信号が消える」などの噂も出たり,信号場の職員・家族に病人が多く出るのも怨念のためではないかといわれていた。
いまも興味本位で訪れる人がおり,悪質ないたずらがあるらしい。信号場のシェルターのガラスは石が投げつけられたかのようにバリバリに割れていた。国道から信号場への林道は現在閉鎖されているという。
以前から14時代の普通列車が交換を行っていたが,2000年8月1日から時刻変更となり,これをもって常紋信号場は廃止となったらしい。

列車行き違いの方法
留辺蘂から峠を上ってくると,既に生田原からきた列車が待避線で待っている。乗車している列車はこの後シェルターを通過,引き上げ線に進入し,運転士が運転席を移動し待避線に進入。いったん2つの列車が横に並ぶ。 待避線から撮影。先に待避線で待っていた列車が引き上げ線で折りかえし,留辺蘂へ下って行く。それを待って生田原行きの列車が発車。

●見どころ

下車できない

生田原 北海道駅前観光案内所 金華