宗谷本線

美深 びふか 有人駅
中川郡美深町字開運町
明治44年11月3日開業
標高81m 450人
2線(対向式)
旭川より98.3キロ
南美深より2.7キロ
みどりの窓口
900-1630
売店930-1530
2002.3.16乗車

●南美深→美深の車窓

南美深周辺には水田が開けている。もちろん現在は畑のほうが多いが,戦前には平地のほぼ全域で水稲が作付けされていたという。水田といってもうるち米では競争に勝てないため,この辺で作られているのはほとんどもち米である。畑の中を緩やかにカーブを切って,美深市街に入り,美深駅到着。

●美深駅

美深はアイヌ語のピウカ(石原の意)に由来し,駅名も当初「ぴうか」と呼ばれていたが,昭和26年に「びふか」に改称された。アイヌ語に無理に当て字をした結果,アイヌ語本来の発音が失われた例は多い。
美深は人口6千人余りという規模の割には風格のある市街地を有し,天塩川流域の拠点都市となっている。昭和25年,拓銀美深支店に強盗が入り6人を殺傷した「拓銀事件」で美深の町の名は全国に知られることになったが,1997年11月,またも拓銀に関わるところで,美深町に本社を置く天塩川木材が拓銀関連倒産第1号となり,美深の名を知らしめることになった。
美深駅は明治44年の開駅以来,木材,雑穀,馬鈴薯澱粉の集積地として賑わいを見せてきた。市街地の東20kmにある仁宇布を結ぶ仁宇布殖民鉄道は昭和10年開通。昭和39年には国鉄美幸線が仁宇布まで開業したものの,昭和41年には全国1の赤字線にランクされてしまった。歌登を経由して枝幸に至る線路はその後も建設される一方,美深町長自らが先頭に立って,「日本一の赤字線」を逆手に取った宣伝が繰り広げられたが,昭和60年9月に廃止となった。
美幸線廃止後,駅舎は「美深町交通ターミナル」という立派な建物に建て替えられ,2階は「美幸線記念館」となっている。ただし通常は施錠されており,駅員に申し出ないと入館できない。また待合室には町名産の白樺の樹液「森の雫」の自販機がある。

●見どころ

□トロッコ王国

仁宇布行きの名士バスを利用,終点仁宇布下車。バスは一日5往復,運賃550円。旧美幸線の線路5kmほどがトロッコ王国として復活し,自分でエンジン付き軌道自転車を運転して,森林浴を楽しむことができる。1998年運行開始。結構人気があるようで,休日は賑わう。

900-1600 10月末まで土日祝運行 7/15−8末は平日も運行 1回500円

□松山湿原

トロッコ王国にレンタサイクルがあるという。トロッコ王国から約8km。魅力満点,幻想的な湿原。5月下旬から10月まで入山可で,2kmの遊歩道がある。

南美深 北海道駅前観光案内所 初野