宿をとった占冠中央市街の遊季館は,大浴場があって日帰入浴も受け付けている。湯の沢温泉が9月まで休館となるため,村では6月から村民に対して遊季館の入浴料を半額とする村民優待制度を実施している。そのためか,遊季館では日帰入浴客もちらほら見かけ,前回泊まったときよりも活気づいているように見えた。
いつか食事つきでも泊まってみたいが,今日は素泊まりで,6時半過ぎに出発した。
バスは,富良野行きの始発に乗った。
占冠の住宅は,ハウスメーカーが建てるような住宅には程遠く,極めて質素である。しかしながらこの季節,ほとんどすべての家の庭先にシバザクラが咲きとてもきれいだった。景観などということが言われて久しいが,景観改善というと,看板の撤去,電線の地中化,外壁の色の統一というようなことばかりで,このような各家庭の花壇のことが完全に無視されているのは残念でならない。家の姿形はどうであれ,庭先に花があればそれで十分美しいと思う。
最近はやりのイングリッシュガーデンはどことなく閉鎖的で周囲になじんでいないものも多いが,こういう庭こそ北海道らしい庭だと思う。開放的かつ質素で,酷寒の地で近所同士助け合いながらまじめに生きてきた住人の凛とした暮らしぶりが感じられる庭である。私の身の回りにはこういう意見に共感してくれる人は誰もいないだろうし,ガーデニングの指南書にも北海道にまったく似つかわしくない庭ばかりが紹介されているが,一軒一軒の家を見れば,こんな美しい庭がまだまだ残っていることに希望を感じる。
山菜市は今日が本番であるが,早いうちに旭川に戻らなければならないので,朝一で占冠を発った。しかし,考えてみると,早いうちにといっても,夕方くらいに旭川に着けば何とかなるのである。このまま帰れば旭川に9時半に着くが,ちょっと寄り道してみようかという気持ちが突如芽生えてきて,金山駅でバスを降りてしまった。
金山駅で根室本線の下り列車に乗り換えた。高校のない占冠村では中学を出ると富良野か南富良野の高校に進学する生徒が多い。富良野へは先ほど乗ってきたバスで通学が可能である。一方,南富良野へは,占冠からトマム経由幾寅行きの村営バスを利用する方法と,金山駅でこの帯広行き普通列車に乗り換える方法がある。
今日は日曜日だが,占冠からの高校生が一人金山駅で列車に乗り換えた。
かなやま湖を渡る。これから久しぶりに落合のパン屋さんに行ってみようと思う。
30分で落合駅に到着。金山駅も良いが,落合駅もまた雰囲気の良い駅である。
パン屋さんは線路をまたげばすぐそこにあるが,市街のはずれにある人道橋を渡ると歩いて10分ほどかかる。途中にいろいろな道具が壁に貼り付けられた物置があった。
落合も高齢化が激しいが,一方,アウトドアのガイド関係者など新規移住者が多い地域でもある。そういう新しい住人はもともとの地域のコミュニティになじめない場合も多いが,落合の場合新規移住者がうまく地域に溶け込んでいるとして新聞で紹介されたことがある。
人道橋を渡る。落合駅は現在は無人駅であるが,狩勝越えの拠点としていまも広い構内を有する。
フォーチュン・ベーグルズというパン屋さん。店主が1人で切り盛りしており,7時からやっているというまじめなパン屋さんである。パンは独特のずっしりとした重さがあり,おいしい。宅配で取り寄せている人もいると聞く。初めて訪れたのが開店間もない2009年5月だった。
それから,いつも時間ができたら来たいと思っていたにもかかわらず,3年がたってしまった。
店の様子が3年前とほとんど変わっていなかったのは,むしろ感慨深いものがあった。
3年前にはなかったものもいくつかあったが,画家のイマイカツミさんが描いたパンの絵葉書が販売されていた。その数,なんと16種類。
朝日の射し込む窓辺のカウンターで,パンをいただいた。飲み物は落合といえば,ということでニンジンジュースを頼んだ。ひとときの幸せであった。
ここまで来たら,せっかくなので今日南富良野で開催される麺サミットに寄って帰ろうと思う。
幾寅に戻るには落合8時52分発の上り列車を利用することもできたが,麺サミットは10時からなので,町営バスで北落合まで行ってみることにした。北落合で折り返し便に乗ると,10時過ぎに幾寅に着く。
観光客などめったに乗ることにないバスであろうから,運転手さんにあらかじめ北落合まで行ってすぐに折り返す旨を伝えて乗り込む。運転手さんは非常に愛想の良い方であった。
このあたりも,やはり農家の庭先が至極きれいだ。
残雪の裏十勝を見ながらシーソラプチ川に沿って真北へ進む。北落合は観光化が進んだ富良野・美瑛にあって最後に残された秘境ということで,従来より一部の人たちには知られており,道中,こんなところに誰が来るのだというような山奥に,そば屋やレストランがあった。
不思議な家を発見。庭にはきちんとシバザクラが植えられていたが,人間が住むにはあまりにも小さすぎる。誰が何のために作ったものだろうか。
15分ほどで終点に到着。歩道はタンポポで覆われつつあった。
荒削りの丸太で組んだ鳥居が印象的な北落合神社。