帰りは山陰道を走るバスで大田市に出る。
石見銀山の玄関口にあたる駅だが,それにしては殺風景な駅前だった。
駅の向かいにバスターミナルがあり,「コンビニエンスイワミ」を併設していたが,パンなどは賞味期限が1か月もあるものばかり売っていた。
ここからはひたすら東へ移動する。
人口15万人の町の駅とは思えないほど大きな駅舎だ。米子にはまた明日来る。
さらに西へ向かう。
米子駅のかにちらし寿司を夕食とする。
倉吉に到着。倉吉市は人口約5万人で,鳥取県第3の都市である。
今日の宿は三朝温泉にとってある。三朝温泉は「三朝小唄」で知り,今回の旅行で特に訪れたかったところである。古くから誰からともなく唄われてきた民謡とは別に,大正の終わりから昭和の初めにかけて,まったく新たに作詞・作曲された「新民謡」が流行した。その新民謡の嚆矢の一つが大正14年に作られた「三朝小唄」である。
駅前のアーケード街に三響レコードという店があったので入ってみる。
民謡や懐メロに力が入っていて,珍しい音丸さんのカセットテープなども売っていた。
「山陰の民謡」というCDがあって曲目を見ると,最初に「三朝小唄」が吹き込まれており,唄い手は何と市丸さんだった。私も民謡関係のCDはくまなく見ているはずだが,こんなCDは見たことがなかった。三朝小唄は二三吉さんのしか聞いたことがなかったので,すかさず帳場にCDを持っていった。
すると,店主は「これはうちにしか売っていない」と言った。一度ビクターから発売されて廃盤になったCDを,ビクターに頼んで独自に500枚焼き直し,その際に三朝小唄と新三朝音頭を頭に持ってきたそうだ。たしかに奥付には,制作:ビクター伝統文化振興財団,企画:三響レコード店とある。
三朝小唄で三朝を知って,今晩三朝温泉に泊まるのだというと,温泉のことをいろいろ教えてくれた。