入場したときに撮ってもらったスナップ写真ができ上がっていた。せっかくなので1冊買っておいた。
仕事を待つ水牛が水浴びをする池。今日は寒いので水の外にいた。
約1時間半の散策を終えて,16時発の帰りの便に乗ることができた。
来たときと同じ1号車だった。違う車に乗せてもらえないかお願いしてみようかと思ったが,最後まで同じガイドさんにお世話になるのもそれはそれで良いだろう。
先ほどと同じ話をしばらく聞いた後,唄のリクエストを聞かれた。今度は誰もリクエストしなかった。「花」は高音が辛そうだったので,「十九の春」でもリクエストしようかと思ったが,家族連れが乗っている中で,私などが声を上げると場が白けるに決まっているので黙っていると,ガイドのおじさんは「人気があるのは『花』」と言って,または「花」を歌った。
後ろからは,次々に水牛車が出発して対岸に向かっている。
私が子供の頃,馬車や馬そりはまだ現役だったが,それはたまに見るという程度で,馬車が行き交ったり列をなすという光景は見たことがない。これは感動的な光景だった。
旅人の駅で,ちょっとした土産物を買ってバスに乗る。
車内は超満員だった。運転席横のステップに2人立たなければならないような有様で,これほど混んでいるバスに乗るのも初めてだった。
ガイドブックのるるぶには,バスはあまりおすすめしないと書いてあったが,みんなバスに乗っているじゃないか。それとも,混んでいることまで見込んでおすすめしないということだったのだろうか。
乗客はエコビレッジ西表で数名下車。続いて,ネイチャーホテルパイヌマヤで大量に下車した。運転手さんは混雑になれているようで,乗降客を巧みに切り回していたが,これで少しほっとしたと胸をなでおろしていた。積み残しが出る日もあるらしい。
上原市街。明日は上原港から石垣島に戻ることにしているが,たぶん欠航だろう。
バスは県道を外れ,宇那利崎をぐるっと回って走る。ホテルや民宿が点在しており,バスはフリー乗降のため,運転手さんは降りる人に宿の名前を聞いて,直近で停めていた。
星野リゾートニラカナイ西表島。
終点,白浜に到着。陸路の終端でもある。
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民家や商店では律儀に門松を立てていた。船にも正月飾りがしてあった。
今日の宿は,ここからさらに船で10分の船浮集落に取っている。離島ではないが,陸路がなく,船でしか行くことのできない場所である。
待合所には西表島炭鉱の歴史が展示されていた。
海の色はきれいだ。
人口わずか40人という集落を結ぶ航路だが,船は思いのほか立派だった。
帰省なのか,お土産を箱で積み込む光景が見られるのも年の瀬ならでは。
海岸線はリアス状で,外洋はほとんど見えない。竹富航路のように暴走することもなく,適度なスピードで静かな湾内を行く。
船浮港に到着。水深が深く,西表一の良港と言われている。
宿へ向かう。
本日のお宿,民宿かまどま荘。港からすぐの場所にあった。
宿を決めるとき,普通は旅行サイトの口コミをいくつか見て,基本的には★4つ以上の宿を選ぶようにしているが,この宿は評判を見るまでもなく即決した。パン屋を併設しているとのことで,そのパンが至極おいしそうだったからである。結果的には,その判断は間違っていなかった。
18時半から食堂で夕食。女将さんの手の凝った料理である。
お客さんは1人旅ばかり3人だった。もしかすると私がいちばん年長かもしれない。
男性の旅人は,何度か泊まったことがあるようだった。女性は一面識あるジャーナリストにそっくりだったが,まさかこんなところで会うはずはないだろう。
いずれにしても,年の瀬にこの地の果てのような場所で宿を共にするのは奇遇なことであるが,3人とも話をするわけでもなく,黙って食事をし,早々に部屋に入った。
天気予報によると,明日も上原航路の欠航は確実に思われた。部屋に入り明日の予定を考え直した。
旅行の行程は,出発前にほぼすべて決まっており,いったん出発したならば,あとは予定に身を任せて移動するだけというのが,私の旅のやり方である。「時間にしばられるのがいや」という人がよくいるが,私はむしろ,旅先で行き先をあれこれ考えるのがいやだ。旅先ではスマートフォンも時刻表も不要で,旅そのものに集中する,あるいは本を読んで思索する。そして,時間さえ守っていれば,待つことなく列車やバスがやってくる。そういうスタイルは一貫してきたと思う。
それで,たいていはまずまず充実した旅ができる。ただ,決定的な欠点を言えば,人との出会いが起こりえないということである。人との出会いは,予定を狂わす最大の危険要因であり,それゆえ徹底して想定外の出会いは回避されることになる。これは,旅に限らず,自分自身の根本的な問題である。どうしてこんな人間になってしまったのであろうか。