これから一路酒田へ北上する。距離にして524km,8時間の旅路である。
旅行計画を立てた当初は,この特急の少し前を走っているトワイライトエクスプレスで帰ることを考えていた。飛行機はさんざん乗ったので,せめて帰りは避けたい。そして不要不急の旅客は乗ってくれるなというS北斗・北斗も避けたいとなると,トワイライトエクスプレスが素直な選択だった。
しかし,トワイライトエクスプレスは,北海道に到着する時間が中途半端で,どうも旅の最後に持ってくるのは収まりが悪いのである。それで,船を調べてみると,日本海航路はことごとく正月休みで,かろうじて八戸〜苫小牧のシルバーフェリーが運行していたので,今晩は酒田泊,明日は盛岡に寄って,シルバーフェリーの昼行便で帰ることにした。
金沢駅到着。北陸新幹線の開業を来春に控え,駅周辺は再開発が進んでいた。
北海道から見た場合に,金沢は日本の中で最も異文化な土地だと思う。日本の人口が3000万だった時代に,金沢は現在とそう変わらない人口があったという。一方の北海道はアイヌの人口が2万程度で飽和していた。近代化以前と以後で,せいぜい数倍しか人口が変わらない土地と,100倍以上の違いがある土地では,これからの時代を生き抜こうとするときの自信がまったく異なるのではないだろうか。
金沢を訪ねるのは2006年2月以来8年ぶり。そのときにはなかったと思うが,金沢ブラックカレーというのが名物になっていた。
遅めの昼食にいただいておく。
駅ビルでは早くも初売りが始まり,売り切れの福袋が続出していた。
駅の売店では,新聞の元旦号を平積みで売っていた。
駅の待合室は一人掛けの椅子になっていた。明らかに,待合室で長居をする人たちへの対策である。どんどん街の中から余裕がなくなっていく。古き良き日本を残すはずの金沢からしてこうなのだから,世知辛い世の中だ。
特急白鳥が大阪と青森を結んでいたのも今は昔。今やこの方面から新潟へ特急で行くには,北越に乗るしかない。
指定席を取っていたものの,がら空きの車内でしばし休憩。
新潟駅は相変わらず寒々しかった。
酒田までもう一息。
もともと旅行者は少ない元旦,しかもこの時間ともなれば車内は極めて静かだ。家族連れも乗っていたが,気を使ってささやくように話している。
金沢で軽くカレーを食べてから既に4時間以上が過ぎ,新潟駅の駅弁小鯛寿司を夕食とする。
新潟を出てほどなく,強風のため徐行運転となった。
新潟からわずか15kmの豊栄の時点で25分遅れ。
酒田の宿は24時チェックインと伝えてあったが,遅れるのは確実な模様。宿に電話をしたいが,トンネルに出たり入ったりでなかなかかけられない。
新潟・山形県境の府屋駅は定刻22時35分着のところ0時04分到着。停車中にようやく電話をする。
さらに小岩川駅にて臨時停車し,これからの運転について打合せを行うと車内放送が入った。打合せのために停車するというのは新潟を出てから2回目だったが,これまでに遭遇したことのないことだった。
あつみ温泉発車時点で1時間50分遅れ。車掌から,2時間遅れとなるのが確実のため,特急券に払い戻しの証明印を押して回ると案内があった。
なかなか車掌が来ないなと思っていると,列車は所定の速度をとり戻し,遅れが2時間以内に収まる見込みとなった旨放送が入った。
終点酒田には1時間56分遅れの,午前1時24分着。
明日は5時39分発の秋田行きに乗る予定だ。窓口の営業が6時20分からなので,列車が運休になったらどうなるのかいちおう聞いてみると,何を根拠にしているのかわからないが,「明日はまず大丈夫」と言われた。