ちょうど5年ぶりの川湯温泉。あまり変化がないようには見える。
5年前に初めて訪れ,湯殿の素晴らしさに感動したホテル風月は,その後2008年4月20日に旅館部が全焼し,増築された浴場棟だけが残っていた。残された部分は住宅として利用されているようで,営業はしていないようだった。
今日は御園ホテルに入らせてもらうことにする。
1度浸かれば,1年間は効果が続くというくらいに強烈な力を持った温泉がある。玉川温泉,草津温泉などがそうだろうが,川湯温泉はそれらに匹敵する名湯,というよりも,各温泉旅館が自前の源泉を持っている点では,それ以上の名湯だといえる。
釧路で働いていたとき,川湯の温泉旅館にはひととおり入浴したが,雰囲気的には御園ホテルがいちばんよく,日帰りの入浴客も比較的多かった。特に「天の湯だまり」という露天風呂の気持ちよさは極上で,このときばかりは日常を忘れ,喜びに満ちた湯浴み客たちの表情が印象的だった。今日御園ホテルを選択したのも,久しぶりに川湯の湯に浸かる喜びを旅人達と分かち合いたいと思ったからだった。
しかしながら,入浴客はほかになかった。何だか寂しく,もったいないが,大浴場を独り占めできるのも悪くはない。
正月に玉川温泉を訪ねようとして大雪で断念してから,半年越しでの名湯中の名湯への入浴である。振り返ってみると,この半年間というのは,私にとっていままでになく刺激的な半年間だった。
別に転職したわけではないのだが,4月からいわゆる転勤族ではなくなった。このことは,やはり気持ち的に大きな変化をもたらした。この地に根を張る覚悟を決めたとき何を目指して生きてゆけばよいのか,がむしゃらに模索したのがこの半年間だったように思う。
次のバスまでの間,お土産屋街を散策してみる。全国の有名温泉地は相当訪れたが,川湯温泉ほどお土産屋が魅力的な温泉街はほかにないと思う。川湯温泉は木彫りのメッカであり,その質の高さは北海道の中でも群を抜いている。
以前にも木彫りを買ったことのあるお土産屋に入ると,すぐさま店のおかみさんが寄ってきて,既に値引きしてある赤札からさらに値引きすると言った。こっちは木彫りの質の高さを認めているのに,そんなに値引きしたら木彫りがかわいそうではないかと,最初不快感を覚えたが,話を聞くうちに事態は深刻であることを知った。
昨年インフルエンザの影響で修学旅行生が来なかったのは大打撃で,さらに今年は昨年よりももっと観光客が減っているという。売っている彫刻の多くは息子さんの作品だそうだが,その息子さんも今年からは店をやめて働きに出ざるを得なくなったのだという。
息子さんの作品をたたき売りしなければならない心情を思うと,何とか協力したかったが,昨日以来お金を降ろすことができず,現金の持ち合わせがほとんどなかった。そのことを伝えると,1000円くらいなら何とかならないかというので,詫びながら在庫処分品だというふくろうの木彫りを買った。
釧路にいた頃より川湯温泉が注目されるときがきっと来ると予感し,実際その後,旅館が連携して泉質の良さをアピールする動きなどが見られた。じゃらんなど旅行雑誌を見ると,温泉旅館は名前も新たに活気を帯びてきたように見えたが,実際はそうではなかったようである。今日も連休中日なのにもかかわらず,温泉街はひどく閑散としていた。以前であれば,昼間であってもこれほど閑散とはしていなかったはずである。
やはりこれが現実なのだろう。飛行機,新幹線,高速道路で行けるのが当たり前の時代,これらに縁遠い川湯温泉は,まず交通の便の面で圧倒的に不利である。何しろ,私ですら5年間川湯に来ていなかったわけで,来られなかった理由の第一は時間的問題である。
どんなに魅力があっても,行きづらいところにそんなに多くの人は来ない。川湯温泉の旅館の何百もある客室が満室になるということは,この先もうないのではないか。それぞれの温泉旅館にぶらさがるようにして温泉街に散らばっている数多のお土産屋にしても,全部の店が生き残っていけるだけの需要はもう期待できないだろう。
そうであるならば,温泉街がガタガタになって取り返しがつかなくなる前に,勇気ある撤退と縮小も必要になってくるだろう。北海道では川湯ぐらいにしか残っていない温泉街を浴衣で散策できる雰囲気と,木彫りの文化だけは失ってほしくないものである。町は小さくなっても文化は残すという考え方がこれからは必要だ。
川湯温泉にはおよそ1時間半滞在し,次はバスで屈斜路湖方面に向かう。このバスには乗客が10名ほどいた。
湖畔の森の中を進む。
バスは砂湯で15分の見学時間を設けている。今日は暖かく,砂湯は家族連れで賑わっていた。
貫禄ある観光地の雰囲気がよい。
お土産の木彫りコーナーには,20万〜30万円台の作品がずらりと並んでおり圧巻だった。実際に彫っている人が売っているせいか,作品も輝いており,値引きをしていないところに自信が感じられた。
コタンのバス停では3名下車して2名乗車した。今夜はユースホステルに泊まるという人たちもおり,往年の旅人スタイルに懐かしさを感じた。
国道に突き当たったところで,バスは右折する。
和琴半島に到着。バスの乗客もほとんどここで降りた。静かな湖畔は雲間から太陽の光が差して美しく,キャンプ場も多くの人たちで賑わいを見せていた。
湖畔の双子のようなお土産屋もなかなか趣深い。お盆や鏡など,実用的なアイヌ民芸品を扱っていたのは珍しかった。