根室本線

島ノ下 しまのした 無人駅
富良野市字島ノ下
大正2年11月10日開業
標高164m 10人
交換駅(対向式)
滝川より49.1キロ
野花南より13.9キロ
2001.7.21下車

●野花南→島ノ下の車窓

野花南を出ると国道とオーバークロス。谷が狭まり良い雰囲気になってくる。左手にストーンサークルがあり,説明板が立てられている。野花南駅から歩いてもそんなに遠くないので訪れてみたいが,この辺は熊の出没地だ。線路に現れることもあるらしく,列車の運転士さんの間では有名らしい。
いよいよ渓谷の雰囲気になった頃,左に旧線の路盤を分ける。滝里ダム建設のため1991年10月22日に廃止された線路である。この区間は空知川の渓谷をΩカーブで縫うように走り,道内屈指の鉄道車窓だっただけに惜しい。見えている立派な橋はダムの下流公園に向かうもの。この橋から見えるのが「空知大滝」。この滝こそ空知の語源(ソーラップチ=滝のある川)となった滝であり,滝川−富良野間の鉄道建設を遅らせた難所である。富良野への開拓者たちもこの難所を避けるため旭川経由で入っている。富良野沿線が空知郡でありながら上川支庁に編入されたのも一にこの滝のせいである。しかしダムにより水量が減り今は哀れな姿をさらしている。いずれにせよ列車は滝を見ることなくトンネルに突入する。
線路がダムに沈むことが決まったとき,路線自体の廃止も懸念されたが,長いトンネルを掘削することによりかつての難所を切り抜けることとなった。トンネルは滝里トンネルと島ノ下トンネルがくっついており1本のトンネルのようになっている。合わせた長さは約8.4kmで総工費145億円を要したという。トンネルを含め10.4kmの切替線は1991年10月22日から使用が開始された。なお線路切替により野花南〜島ノ下間の駅間距離が3.0km減少し,改キロがなされている。
滝里ダムは平成11年11月11日竣工した道内有数のダムで,洪水調節,灌漑,発電などの役割を担っている。周辺は紅葉が素晴らしく,ダム資料館やオートキャンプ場などもあるが,残念ながら国道からしかアクセスできない。
島ノ下に至る途中,野花南駅から7.4km地点に滝里駅があった。路線開通当初からの駅で,もとは奔茂尻(ぽんもしり)と称したが,昭和21年,滝里に改称。周辺は美しい農村地帯で,国道から川を渡ったところに駅があった。ダムに沈んだ滝里部落はテレビドラマ「北の国から’89帰郷」に美しく描かれており,滝里駅も登場している。蛍が草太のバイクに乗せられて母親を見送った線路ももうない。約10分かかってトンネルを抜けると間もなく島ノ下だ。

●島ノ下駅

この駅は通過する列車が多く,利用者はめったにいない。しかし,山あいにひっそりと建つ駅の雰囲気を好んで訪れる旅人も多い。富良野駅から歩いてくる人もいるようだ。
平岸,上芦別,野花南と同形の駅舎。恐らく昭和50年代後半の建築と思われるが,近代主義建築というのか,この時代の建物はいちばん味気ない。野花南とこの駅は対向式ホームではあるが,ホームは線路に対して同じ側にあり変則的だ。
島の下は芦別市と富良野市の境界が入り組んでおり住所はどちらでもいいようなところ。開拓後しばらくは尻岸馬内川の流送を利用した造材が盛んに行われた。流送は川に堤を作り,貯めた水を一気に放流することにより原木を下流に送るもの。このときの水勢と木材のひしめきは天下の壮観であったというが,鉄道の開通や野花南発電所の建設で支障をきたすようになり,大正の末には行われなくなった。
また,明治末期に鉱泉が発見され,市街地に近いこともあって花街として賑わった時代もあるという。現在,温泉宿はハイランドふらの1軒となったが,ラブホテルもあって「北の国から'98時代」に登場した。


待合室には自由に落書きできるボードがあった。

駅へのアクセス道路は車両進入禁止。

島ノ下集落。

●見どころ

□ハイランドふらの

徒歩15分。道道135美唄富良野線を札幌方面に少し進んで左に入る。富良野市には有名なラベンダー畑はないが,ここは面積が大きく,森に囲まれているという特徴がある。ラベンダーの森には遊歩道が整備されている。(2001.7訪問)

□島の下温泉 ハイランドふらの

徒歩15分。あまり知られていないが,駅から歩いて行けて気軽に日帰り入浴が楽しめる温泉である。正式名称「富良野市農村環境改善センター」,昭和61年開業。2002年改装。単純硫黄鉱泉。(2001.7入浴)

日帰入浴900-2100 無休 350円

野花南 北海道駅前観光案内所 富良野