増毛山道(3)
幌稲荷神社~浜益御殿(2020.8.10訪問)
概要
増毛山道は2021年現在、一般開放が行われておらず、山道を歩くにはツアーなどに参加する必要がある。 ここでは2020年8月10日開催の増毛山道の会主催トレッキング、「9km幌稲荷神社発浜益御殿往復コース」で歩いた区間について記述する。
日本海に面する集落「幌(ぽろ)」から、標高1,039mの浜益御殿(はまますごてん)を目指す山岳コースで、増毛山道の中では早いうちに幹線道路としての役割を終えた区画である。1890年代には幌~岩老で海側を行く雄冬山道が開削。1907(明治40)年増毛山道沿いに水準点が設置されたものの、1914(大正3)年浜益御殿に三角点が設置された際の「点の記」には既に「旧山道」という表現が見える。ただし、標高700m付近までは、耕作や根曲がり竹の伐り出しのため戦後まで使用されていた。
幌から標高266mの林道交点までの約2kmは、苔むした石垣や美しい並木が見られ、増毛山道の中でも最も古道の趣が味わえる区間と言える。林道交点から、標高521mの国有林入口までは山道をたどることができず、車両も通行可能な林道での移動となる。国有林入口から浜益御殿まで3.6km。標高を上げるにつれ幽玄な趣となり、ときおり見える日本海の眺望も素晴らしい。
みどころ
幌稲荷神社から増毛山道に入る
幌は石狩市浜益区(旧浜益村)の北部に位置する集落である。旧浜益村は、1971(昭和46)年に石狩へ通じる国道が開通するまで、石狩管内にありながら空知の滝川側からしか車道が通じていない陸の孤島のような村であった。
幌は地元で「ポロ」と読んでいる。長らく札幌~幌間の北海道中央バスによる路線バスは2016年3月で廃止され、現在は沿岸バスの特急ましけ号が1往復停車するのみとなっている。
幌集落を見下ろす幌稲荷神社が増毛山道の南側起点である。
麗しの古道
神社からしばらくは道の形もしっかり残っている。ときおり現れる石積みの遺構は、かつて道端に耕作地があった名残だという。
入口から15分ほど歩くと美しいカラマツ林、さらに15分ほどでミズナラの林に入り、増毛山道随一と言ってよい美しい風景に出会える。
やがてこのページのいちばん上に掲げたように、道の両脇に立派な石垣が現れる。そして石垣が示す道幅をはるかに越えて、広々と笹が刈られていた。これは登山道と異なるいにしえの道の姿を見てもらいたいという、増毛山道の会渡辺会長のこだわりだという。
国有林入口からひたすら登る
こんな美しい古道はどこまでも続いていてほしいところだが、幌の神社から2kmほど歩いたところで林道に出る。ここから約3km先の国有林入口までは山道をたどることができず、この日は車両での移動となった。
国有林入口の近くは湿地となっており、踏板が設置されているが、非常にすべりやすいので注意だ。この先、入口から1.5km付近にかけて、1960年代頃まで支柱用の根曲がり竹の採取事業者が車で通行していたことがあったそうで、道の両側がえぐられている。そのせいか、やや古道の興趣をそがれている感じがある。
日本海ビューポイント
やがて道は再び古道らしくなる。標高803mの水準点を過ぎる頃には、亜高山帯の様相となり、曲がりくねったダケカンバが印象的である。幹径5cm以上の樹木は、道の真ん中に生えていても切らずに残しているそうで、増毛山道独特の幽玄な雰囲気を醸し出している。
標高860m付近でいったん樹木が途絶え、南に日本海を望む。眼下の浜益は金田一京助によって「ユーカラ発祥の地」と紹介されている。晴れていれば、羊蹄山やニセコの山々まで見ることができる。
浜益御殿へもう一登り
日本海ビューポイントから浜益御殿まで約1.5km。再び林に入り、最後はハイマツ帯となって標高1,039mの浜益御殿に到着する。頂上付近は視界が開けており、日本海側を一望にするほか、北に雄冬山を望むこともできる。
この日は、雄冬御殿で折り返し、国有林入口まで徒歩で移動したあと、会の方々に用意していただいた車で幌まで戻った。