昭和・北海道地図資料館

日本案内記 北海道篇

昭和11年 博文館(鐵道省)

2001年10月,神田の金沢書店で購入。2500円。今でいう観光ガイドであるが,地図も豊富に挿入されている。ガイド本文だけで325ページ,地図,写真を入れると約400ページとなる大書で,これほど内容の充実した観光ガイドは現在ない。昭和11年というと日中戦争が起こる前年で,日本の勢いが一つのピークに達していた時である。一般大衆はまだ観光旅行などできなかったろうが,文化人や都会の人たちは本書を片手に名所・旧跡,景勝地,山岳,温泉などに出かけたのだろう。本文は鉄道路線に沿った観光案内となっている。これは鐵道省の出版物であるということもあるが,鉄道がほぼ唯一の移動手段であったこの時代としては当然である。特に山岳案内には詳しく,実際の登山ルートに沿って露営地などがこと細かに記述されている。これほど詳しい山岳ガイドというのも現在はないのではないだろうか。
当時のベストセラーだったのか,古書店や図書館で目にする機会が多く,比較的入手しやすい本である。


渡島半島
小さな本のため北海道全図は3枚に分けて収められている。縮尺は1/1500000。色刷りで変色も少なく,右書きでなければ現代の地図と間違えてしまいそうだ。函館,汐首岬,大間崎,白神岬周辺を囲んでいる赤丸は「要塞地帯」を示している。大沼〜鹿部間には大沼電鉄が走っている。


定山渓
観光地も今の観光ガイドでは見られないような手の凝った鳥瞰図で紹介されている。


吹上温泉
写真もセピア色で美しい。今の吹上保養センターだが,今の施設よりもむしろ立派に見える。こうした施設や街の様子の写真が時代を感じさせる一方,湖や山など自然の写真は今とまったく変わらない姿を写している。あらためて自然の偉大さに気づく。


狩勝峠
狩勝峠は昭和2年に日本新八景に選ばれている。今は見られなくなった旧線からの車窓ガイドである。


阿寒湖周辺
阿寒は昭和9年12月4日に国立公園に指定されている。既に阿寒横断道路も開削されており,双岳台,双湖台の名所もできている。大雪山や川湯,阿寒といった国立公園級の観光地は,今もこの当時からほとんど変わっていないことがわかる。しかし,鉄道からバスを乗り継いで阿寒湖を訪れるのは容易ではなかった。下の文章はある文学に描かれた阿寒横断道路を通るバスの車内の様子。
「アワヤといえば命はない
車中の人はなぜ女房と水盃を交わしてこなかったであろうと嘆く
女客は悲鳴を上げる
子供は泣き叫び 年寄は念仏を唱え観念する」

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