北海観光節旅行記東日本縦断旅行

足尾銅山観光

原向駅からゆっくり歩いて1時間弱で足尾銅山観光に着いた。

足尾銅山は世界遺産登録を目指しているという。世界遺産・日光の社寺を抱える日光市が推しているのだから,相応の価値があるということなのだろう。

 

駐車場に車もなくひっそりとしていたので不安に思っていたが,きちんと営業していた。

ステーションの建物には,展示物もあったが,「はいこちらです」「はいどうぞ」とトロッコへの乗車をせかされた。結局,このステーションは帰り道の順路には含まれておらず,展示を見ることはできなかった。こういう,客を馬鹿にした案内をしているようでは,世界遺産への道のりは遠いだろう。

トロッコの軌道は平成13年に現在のステーションまで延伸されている。旧ステーションまでは急勾配のため,軌道の中央に歯型のラックレールが敷設されている。アプト式ではなく,リッゲンバッハ式という方式が採用されているとのこと。

旧ステーションでラックレール対応のモーターカーを切り離し,モーター付きの自走客車のみで坑道に向かう。

通洞坑に入る。

坑口から160メートルのところにあるホームで私を下ろすと,トロッコはそそくさと去っていった。

通洞坑は本山坑,小滝坑と並ぶ足尾の代表的な鉱山で,観光用に公開されているのは700メートルに過ぎないが,この奥には1200キロメートルに及ぶ坑道が張り巡らされているという。

じめじめとした坑道を行く。

江戸時代から昭和までの採掘作業の変遷が,動く人形で展示されていた。

地上に出て,再び通洞坑口に戻ってきた。この坑口自体は,現役当時から変わっていない。

 

見学順路は軌道を渡って,鋳銭座を見るようになっていた。ここでは寛永通宝の製造工程などを見ることができた。

復路はトロッコに乗ることができず,長い階段を上る。

階段を上ったところにはレストハウスがあり,見学者は必ずこの建物の中を通って出場するようになっていた。

レストハウスの1階にはお土産屋が13店並んでいた。どういう事情があってここに店を出すことになったのかはわからないが,年中無休で同業者に囲まれて店番をしなければならないのでは,精神もまいるのではないだろうか。

銅器類はほかではなかなか手に入らないものもあったが,扱っている商品が店によらずほとんど同じで,こういう場合,どこの店で買うべきか困る。とりあえず,店員さんが比較的若く将来のありそうな店で,銅製のタンブラーを買った。花が長持ちすると書いてあった銅の小片があり,春に苗床に入れておくとよいかもしれないと思ったが,男だったら花なんか興味ないだろうと決めつけているのだろう,どこの店でも一様に靴の消臭に効果があるという説明をされ,気分を害したので買うのをやめた。

2階では「ラーメン」と書かれたのれん出している喫茶店がいちおう営業していた。朝が早かったのでお腹も空いてきたが,町に出ればいい食堂もあるかもしれないと思い,ここはやめておいた。

銅山の閉山は昭和48年。足尾銅山観光はその7年後にオープンしている。このころ,夕張の石炭の歴史村をはじめ,全国各地で廃鉱を活用した観光施設がオープンしているが,それから約30年がたち,鉱山観光も新たな局面を迎えているのかもしれない。

バスの時間まではまだ2時間半ほどあるので,さらに足尾の町を歩いてみる。このあたりが,足尾の中心街だと思われる。

旧足尾町の役場庁舎。昭和37年建築の木造庁舎で,銅山がまだ元気だったころの雰囲気を今に伝えている。足尾町は平成18年に市町村合併により日光市となった。

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