米沢駅に戻ると,見慣れない列車が停まっていた。「とれいゆ」といって,新幹線では初めてとなるリゾート列車だという。
しかし,列車の中に足湯があるなどというのは,あまり上品に思えない。
米沢駅。ここで新幹線まで45分の待ち時間がある。
この時間を利用して,「レターパック」を買っておきたいと思っている。
レターパックというのは,郵便料金込み510円で販売されている大型の封筒で,重さ4kg以内まで送れるという便利なサービスである。ポストに差し出すことも可能なので,不要になった地図,パンフレット類や衣類をこれで自宅に送って荷物を軽くしたい。
ところが,「コンビニエンスストアでお買い求めいただけます」とホームページに書いてあるのに,なかなか扱っているコンビニがない。
調べてみると,セブンイレブンやファミリーマート,ニューデイズでは取り扱いがないようである。
結局,駅から10分歩いたローソンで,ようやく購入することができた。
山形新幹線は車両が新しくなっていた。側面には紅花とサクランボの絵があしらわれていた。
紅花は母が好きだった花。いま,山形でどのくらい作られているのだろう。お土産屋を覗いても,紅花関連のお土産はほとんどなかった。
2時間足らずで大宮駅に到着。
黒蜥蜴の公演会場は池袋だが,池袋まで行って荷物を預けられないと困るので,大宮でコインロッカーに荷物を預けておく。
食事も,昼時で混雑する前に,大宮で済ませておくことにした。
とりあえず無難なところで,CoCo壱番屋でカレーを頼んだ。しかしどうも,この店のカレーは苦くて口に合わない。
いよいよ東京へ。
池袋駅に到着。
黒蜥蜴の公演会場は,池袋駅からすぐの東京芸術劇場。
中ホールである2階のプレイハウスへ向かう。
黒蜥蜴公演は,今日が千秋楽である。しかも,50年近くにわたり公演が続けられてきた美輪明宏主演の黒蜥蜴は,今回が最後になるという。7月の旭川の音楽会で,美輪さん本人がそうおっしゃっていた。
何も,初めてなのにあえて千秋楽を観ることはないと思ったが,旅行の行程上,今日になってしまった。
そうそうたる人たちから,お祝いの花が贈られていた。
美輪氏のことを最初に知ったのは,私が高校生だった1993年頃だったかと思う。相撲をテーマとするクイズ番組に,宅八郎氏とともにゲスト回答者として出演されていたのをはっきりと覚えている。
当時,美輪氏はまだ50代に見えたが,「私たちの時代は双葉山だった」というような発言があり,怪訝に思った。双葉山を語るのは,当時でも70代,80代の年輩の方だったからである。
この疑問が氷解したのは,それからおよそ10年たって自叙伝『紫の履歴書』を読んだときだった。『紫の履歴書』によると,美輪氏は非常に多感な幼年時代を過ごしており,2歳や3歳の頃のことを恐ろしくよく記憶している。そうであれば,双葉山と同時代の人だというのも納得がいく。そして,戦争が始まる前の,幼い日の美しい記憶の中に今もひたすら生きていることを知り,その点において非常な共感を覚えたのである。
また当時(2002年頃),建築家のル・コルビュジエらを,機能性と利便性と経済効率だけを追求した無機質な建物を建てた馬鹿者であるとばっさり斬った美輪氏の発言が雑誌などに掲載されて,ちょっとした話題になっていた。大学で建築を学び,コルビュジエの良さをまったく理解できずに何年も悶々としていた私は,ようやく同じ考えの人がいたと心底嬉しかった。
最近では,「戦後,攻撃的な『ヤンキー文化』が続いていたのが10年ほど前からようやく変わってきた。美しく心安らぐ心安らぐ『本物』にみな戻りたかったのだ」という趣旨のことをおっしゃっている。私がこの10数年来,東北などを旅行して探し求めてきたのも,結局はそういうことだったのだと,至極納得した。
このように,美輪氏は,思想的な面で私にとって救いの人である。
さて,『黒蜥蜴』というのは,原作が江戸川乱歩の推理小説で,今回の旅行の道中で読んでみたところ,あまりにも面白く,一気に読み終わってしまった。先入観もあるだろうが,主人公の緑川夫人を演じられるのは美輪氏以外に想像ができない。昭和9年という時代背景も,恐らく美輪氏が最も得意とするところである。
観客の層は実に幅広く,たいていは1人か,女性同士の連れで来ている人が多かった。夫婦で来ている人も少なくはなかったが,その場合たいていご主人が居眠りをしていたのは残念である。そんな中で,五十路と思われるデザイナー風の男性2人連れが,休憩時間に美輪氏の振りを真似し合ってじゃれていたのは実にほほえましい光景だった。
公演は13時開演,途中2度の休憩を挟み,16時40分の終演となった。初めてでこう言うのも気が引けるが,今回がいちばん良かったのではないかと思えるような舞台だった。
基本的には喜劇だが,最後の場面は圧巻で,観客一同感極まった。私も,この先,誰かを愛し,誰かに愛されるということがあるかどうかわからないが,せめて泣いたり泣かれたりできるようにはなりたいと思った。
10分近いカーテンコールの後,美輪氏が挨拶に立った。驚いたことに,また何年か後に,黒蜥蜴で皆様にお目にかかりたいとのお話があった。しかし,こればかりは神のみぞ知るというところであろう。
帰る観客も,満足した様子で「いや余裕だね」という声が聞こえた。
今日は,あと宿を取っている老神温泉に向かうのみ。
まずは,荷物を預けてある大宮に戻る。
明日の尾瀬行に備え,今朝購入したレターパックに荷物を詰めて発送する。
ところが,改札内のポストは,そもそも幅が足りず入らない。大宮駅開業120周年を記念して鉄道車両の部品を使用して造ったポストだというが,実用性を犠牲にしてデザインするのはやめてほしい。
駅前の赤ポストにも,厚みがあって入らず,結局ローソンのポストに何とか押し込んで投函した。レターパックは買うにも出すにもこんなに苦労するなら,いつもの旅行のように,始めからどこかの郵便局の時間外窓口を利用するよう予定を組んでおけばよかったと思った